第427話 手間はそんなに変わらないぜ。

 ステファノの苦情など、どこ吹く風。サントスとトーマは、お馴染みとなったエンジニア・トークを繰り広げた。

 試作品と図面に手直しの書き込みが、ビシビシと加えられた。


「よし。形状はこんなもんだろう。ここには布でカバーをつけようぜ。ここの突起は針金が良いだろう」

「うん。肉抜きできたから大分軽くなる」

「じゃあ、例によって図面起し頼みます、先輩」

「こういう時だけ先輩言うな」


 あっという間に改良版の仕様が決定した。


「結構だ。図面化はサントスに任せる。でき上がったら、トーマに渡してくれ」

「兄貴、カーボンを使って2枚にしてくれ。1枚はうちの工房に回す。もう1枚は俺の手元に置いて、2号機を手作りするからよ」


 スールーがプロデューサーとして全体を仕切る。トーマは既に量産化を視野に入れているようだ。


「俺の方は図面をもらったら、2号機を4台手作りするぜ」


 トーマはなぜか2次試作機を4台作ると言う。


「トーマ、4台作るのは何のためだい?」


 手作りには手間がかかる。1セット2台は当然として、なぜ2セットも作ろうと言うのか、スールーは疑問に思った。


「メンバー1人に1台ずつさ。ステファノ、通話相手を切り替えることはできるだろう?」

「切り替えつまみをつけてくれればできます」

「だったらメンバーの連絡用に使えるじゃないか。2台作るのも4台作るのも、手間はそんなに変わらないぜ」


 試作機であっても魔耳話器まじわきが使用できれば、メンバー間の連絡がとてつもなく便利になる。

 相手を探して構内をうろつき回らなくても済むのだ。


「それはいい。迷子のスールーを探すのはいつも大変」

「何を言う。ボクの活動にはいつも意味がある。引きこもりのキミが表に出る良い機会を作っているとも言えるぞ」

「ああ言えばこう言うな。スールーさんのことはまあ良いや。とにかく試作2号機はできるだけ目立たない外観にするぜ」


 手作りを買って出たトーマは言う。


「悪目立ちしないのは良いことだと思うが、トーマにしては気を使うじゃないか?」

「だって考えてみてくれよ。ステファノはあの格好に魔耳話器まじわきが追加されるんだぜ? これ以上目立ってどうするんだよ?」


 トーマの懸念ももっともだった。ただでさえアカデミー構内で浮き上がっているステファノが、変人としての許容範囲を超えてしまうかもしれない。


「……会話する時はできるだけ人目を避けよう。特にキミは気をつけるように、ステファノ」


 相手もいないのに「変なもの」を耳につけてぶつぶつ呟いている男。


「俺だけじゃないでしょうに。みんな同じですよ」

「同じわけないだろう!」


 3人の声が揃った。


 ◆◆◆


「俺の方の進捗だけど、実家で動力機構について事例を集めたぜ」


 ステファノをボコボコに突っ込みまくった後、気を取り直してトーマは自分の担当について話し始めた。


「印刷機用の動力機構に使える仕組みを絞り込んでる。水車か風車って考えたが、常時稼働させるためには水車が良いかなと」

「まあそうだ。風は吹かない日もある」


 サントスはトーマの案に同意した。染色業を営む実家で生まれ、川に近いところでの仕事を見て来ている。

 水車小屋の中にももちろん入ったことがあった。


「歯車とカムの組み合わせが基本だな。普通は石臼を回したり、杵を上下させたり。スピードの変化はギヤ比で調整する」


 トーマは図面を広げて各部の構造と動作を説明した。サントスは「うんうん」と頷いている。


「ポイントは回転運動を機械の動作に変えるという機構だな」

「原理は想像通り。実用化はトーマに任せる。俺は回転力を利用した印刷機構を考えた」


 木版の表面にインクを塗り、紙を押し付けてから取り出すからくりを試行錯誤した。


「ローラーで木版にインクを載せる。紙を重ねて置く台の下にばねを入れて、木版を押し付ける力を程よく吸収。印刷済みの紙は四隅を吸いつけて持ち上げ、横に運ぶ」

「うん。各部の動きは図面でわかる。水車の力で仕掛けが壊れないようにばねを入れているんだな?」

「そうだ。理屈は正しいと思うが、まだうまく行かない」


 試行錯誤してみたが、冬休み中にはまともに動く実験機はできなかった。


「紙送りが激ムズ。ふいごの応用で用紙を吸着しようとしたが、失敗が多すぎる」

「吸着部の気密と、四隅に密着させるタイミングが難しそうだな」

「そういうこと。材質や寸法の精度を上げないと無理。金属化すると良さそうなんだが、時間がかかる」


 サントスの実家は染色業で、機織り機などには知見があったが、印刷機の紙送り機構は難易度が高かった。


「最初から上手くはいかないさ。ある程度形にしただけでも上等だ。ここからはキムラーヤうちの工房に引き継がせようぜ」

「すまんが、頼む。機構の金属化は実家では無理だ。その代わり、インクの方はめどがつきそうだ」


 染色屋のプライドをかけて、サントスはインクの開発をリードした。筆記用のインクとは異なり、粘りのあるインクの方が木版刷りに向いていると考え、にかわやワニスを木炭に混ぜて黒色のインクを工夫してみた。


「使い物にはなると思う」


 サントスの実家では今も改良版インクの開発が続いている。ムラなく、乗りの良い、乾きが早いインクが目標であった。


「そんな状況。そこでステファノに頼みがある」


 サントスが真剣な声を出した。


「印刷済みの用紙をこの4つの突起部分に吸い付かせる魔術を付与してくれないか?」


 サントスの願いはあい路・・・箇所を魔法具に置き換えることであった。


「すみませんが、それはできません」


 ステファノはサントスの頼みを断った。

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