第426話 こいつがあればいつでも『味見』ができるからな。

 ステファノは「遠当ての術」の術理を論文にすることを条件に、「攻撃魔術」について初級、中級、上級の単位修得を認められることになった。あの威力を見せられては、他の生徒と同列に扱うことなどできなかった。


 ちなみに、今回チャレンジに臨んだ生徒からはジロー・コリントのみが「攻撃魔術(初級)」の合格を認められた。トーマも惜しいところまで頑張ったが、術の発動に手間がかかりすぎる点が減点材料となった。


「相手は逃げも反撃もしないという設定だから、時間はかけ放題だと思ったんだがな」


 授業の後、トーマはぼやいたが、言うほど悔しそうではなかった。チャレンジ成功にもう一歩まで迫れた。その事実だけでも大きな自信となったのだ。


「俺は商売人だ。魔術で大成する必要はない。魔術師を名乗れるだけの力が備えられれば、それで良い」


 ただ、授業に出なくて単位がもらえるならそれに越したことはなかったがなと、トーマは笑って言った。


「惜しかったよ。休みの間も訓練を欠かさなかったんだね」

「まあな。デマジオの奴に負けっぱなしでは悔しいと思ってさ」


 ステファノはトーマの努力を讃えた。飴玉を舐め、言霊を操る魔核錬成は見事な工夫だった。


「課題はスピードだね。『天降甘露』の成句だけで魔核が練れるように反復練習すれば、きっと物になるよ」

「そう思うか、ステファノ? よーし、やってやるぜ!」


 今日もステファノの魔力行使を間近に見て、トーマは飴玉など比較にならない「甘味」を感じ取った。


「俺にとっての理想形はステファノ、お前の魔力だ。あの甘さを思い描いてギフトを磨くぜ」


 そういうトーマの胸には鎖につながれた銀貨が下がっている。ステファノが与えた護身具タリスマンであった。


「へへ。こいつがあればいつでも『味見』ができるからな」


 トーマはシャツの上から、銀貨を叩いた。


 護身具タリスマンにはステファノの魔核が籠められている。持ち主を護れという強い意志が。

 それはトーマが意識を向けるだけで、全身を蜂蜜の樽に浸したような甘味をもたらす。


「お前はやっぱりとんでもないぜ、ステファノ。この休みの間に、また『甘さ』が濃くなった」

「休みの間にいろいろあったからね。お互い様さ」

「俺も魔術の鍛錬だけをしていたわけじゃない。研究の方も進めたぜ。4人揃ったら聞かせてやるさ」


 2人は語り合いながら、研究室に向かって行った。


 ◆◆◆


「俺の方は魔示板マジボードの術式解析が進みました。まだ完全とは言えませんが、試作品を作り始めています」

「やるな、ステファノ。じゃあ、遠距離通信についても目途がついたんだね?」


 ステファノをたきつけて魔示板マジボードに取り組ませたのはスールーだ。その進捗を聞いて目を輝かせた。


「ええ、何とか。ですが、社会に与える影響が大きすぎるので、成果に関しては当面ギルモア家の預かりということになりました。すみませんが、皆さんも内密にお願いします」

「そうか。元々お前が1人で始めた研究だ。お前の好きなようにしたら良いんじゃないか。なあ、先輩方?」

「そうだね。出せる範囲を秘匿案件で報告するという手もあるだろう。よく考えてくれたまえ」

「異議なし」


 物作りの関りが少なそうなテーマと見て、トーマは魔示板マジボードへの関心がそれほどでもなかった。サントスも似たようなものだ。

 スールーは若干未練があったが、機密扱いにする意味は理解していた。


「この前みたいにハイエナ連中が集まって来そうだから、気をつけないとな」

「スールー、もっと悲惨になる。遠距離通信はマジヤバ案件」


 前回の研究報告会では、報告後に得体の知れない役人や実業家らしき人間たちがコネを求めて押し寄せてきた。今度はあの程度では済まないだろうと、サントスは警告する。


長距離・・・でなければ良いかもしれません」


 やり取りを聞いていたステファノが閃きを口にする。


「実は今、こういう試作品を作っていまして……」


 ガサゴソと背嚢に手を突っ込み、ステファノは「魔耳話器まじわき」の試作品を取り出した。


「こうやって耳にかけて使うものです。2つペアで使うと100メートル離れて会話ができます」

「何だと? 伝声管がおもちゃに見える発明品だな」


 拡声器の助けがなければ伝声管の音声到達距離は100メートルが限度であった。魔耳話器まじわきを使えば、土管の敷設などしなくても同じ機能を満たせる。


「音質は伝声管より明瞭です。それに、双方から同時に音声を送れるので自然な会話が可能です」

「おいおい。すごいじゃねぇか。ちょっと見せてみろ!」


 トーマは試作品の片方をステファノから引っ手繰るように受け取って、眺めまわした。


「あるだろ、設計図」


 サントスは右手を突き出して、ステファノを睨んだ。


「出せ。今すぐ出せ」

「はい。ちょ、ちょっと待って……」


 ステファノが設計図を引っ張り出す間に、サントスはもう1つの試作機を取り上げた。


「……重いな」

「だよな。木で試作したのはわかるが、でかいし、分厚すぎる」

「ダサい。田舎臭い。ステファノっぽい」


 サントスは散々にダメ出ししながら、手書きの設計図をトーマに回した。


「図面もダサダサ。各部の機能はわかるけど。センスがゼロ」

「はいはい。こういう感じね。わかるけどね。素人さんですねぇ」


 ステファノ渾身の図面も、エンジニア2人のお眼鏡にはかなわなかった。


「センスがないのは自覚してますけど、そこまで言わなくても……」


 思わぬ酷評にステファノは唇を尖らせた。


「ステファノと治りかけのおできはいじらずにいられない」

「これも愛あればこそっていう奴ですよね?」


 2人はステファノの優位に立てる数少ない機会を存分に楽しんでいた。

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