第428話 逆に言えば『時間さえかければできる』ってことです。
「何だって? どういうことだ?」
「ステファノ……」
ステファノの拒絶を聞いて、サントスより先にトーマが声を上げた。
「自動印刷機にめどがつきそうだって時に、協力できないとはどういうことだ?」
「めどがつきそうだから、断るんだよ」
ステファノは真っ直ぐにトーマの視線を受け止めて言った。
「ステファノ……」
「先輩は言ったじゃないですか。『失敗が多すぎる』って。そして、『時間がかかる』とも言いました」
「ああ」
サントスはステファノが何を言わんとするのか理解した。
「逆に言えば『時間さえかければできる』ってことです。すぐに結果を出したいからって魔法に頼っていては、科学の進歩はありませんよ」
ぐうの音も出なかった。サントスは結果を欲するあまり、時間と手間をかけることから逃げようとしていたのだった。
「すまん。ステファノ、お前の言う通り。俺は逃げようとしてた」
「そういうことかい。新発明に時間がかかるのは当たり前だからな。当然すぎて何にも思っていなかったぜ」
キムラーヤの工房には魔術師がいない。あい路にぶつかった時は、職人の創意と工夫で乗り越えてきた。
試行錯誤に時間がかかることを承知の上で、トーマは紙送り機構の改良を引き受けると手を挙げたのだ。
「へへ。実際に手を動かすのは、うちの職人たちだがな」
トーマには悩みの色が見えない。
「先輩、安心してくれ。うちの職人に任せれば大丈夫。きっと物にしてくれる」
「トーマ、お前……」
「この図面を見れば、俺にはわかる。キムラーヤならやれる!」
「……すまなかった」
サントスはがっくりと肩を落とした。
「へ? 何で俺に謝る?」
「トーマ、俺はキムラーヤを見くびっていたらしい。すまん!」
自分たち同様、キムラーヤでも成功するのは難しいと判断した。だから、サントスはステファノを頼ったのだった。
知らず知らずの内、サントスはキムラーヤ商会の実力を疑っていたことになる。
「俺はお前の実家を疑っていた。許してくれ」
「なるほど。そういうことか」
トーマの顔面に血の色が浮かんだ。口を開きかけたところで、トーマはくるりとサントスに背中を向けた。
「ふーう」
大きく息を吐いて肩の力を抜き、トーマは再びサントスに向き直った。
「今回のことは『貸し』だ。2度めはないぜ。うちの職人をなめるな――俺が言いたいのはそれだけだ」
「わかった……」
サントスはそう絞り出すのがやっとだった。
「飯にしましょう!」
「はあ?」
「何だと、ステファノ?」
唐突に叫び出したステファノに、トーマもサントスも不意を突かれた。
「こういう時は飯を食うに限ります! くだらないことは腹一杯になれば忘れちゃいますから」
「お前、くだらないことって……」
「いいねぇ。ボクはオムライスって奴を食べてみたいんだが。何でもケチャップ味で、こってりしたおいしさらしいじゃないか」
会話の様子を見ていたスールーがステファノに調子を合わせて乗って来た。
「お前ら、大事な話の途中で……」
「あれ、スールーさんはオムライスを食べたことがないんですか? ああ、お金持ちの家ではああいう料理を出さないんでしょうかね?」
「ステファノ、今メシどころじゃ……」
トーマとサントスはすっかり腰が砕けてしまった。
「サントスさん、『メシどころじゃ』って何ですか? この世に飯より大切なことなんか滅多にありませんからね?」
「お前、前から思っていたけど、飯のことになると人が変わるな」
「トーマこそ余計なことを言っていないで、売店で卵と牛乳、玉ねぎと鶏肉を買って来てくれ。分量は今メモする」
まくしたてるステファノに押されて、トーマはメモを片手に売店に走って行った。
「考えたら、材料が来るまで何もすることがありませんね。ああ、サントスさん、食器をテーブルに並べてください」
「ステファノは何をする?」
「俺ですか? 何もしませんよ」
ステファノはどっかりと椅子に腰を下ろした。
「誰かに仕事を任せた以上、結果を待つ以外にすることはありません」
「お前、それは……」
俺に対する皮肉かと言いかけて、サントスは唇をかんだ。
自分は確かにトーマを信用しなかった。仕事を任せて置きながら、いざという時はステファノの魔法に頼ろうと「逃げ道」を用意していたのだ。
それからサントスは、黙々と食器をテーブルに並べた。
並べ終わると、サントスもテーブルに向かって腰を下ろした。
「ところで、ステファノ。オムライスというのはどうやって作るんだい?」
初めからテーブルについていたスールーが飄々とステファノに問いかける。
「庶民の料理ですからね。好きなやり方で作れば良いと思いますよ。要するに『チキンライス』を『薄焼き卵』で包んだ料理です」
「そう言われると、簡単そうに聞こえてしまうねェ」
「作るだけなら、そうかもしれません」
「美味しく作るのは難しいということかね?」
普段以上に無口なサントスを置き去りにして、スールーはステファノと会話する。
「どうでしょうか。調理法がシンプルなほど、料理人の腕がわかりやすいのは事実です」
「なるほどねぇ。料理というのも奥が深いものだね」
「極めればの話ですよ? 日常レベルの料理であれば、手順さえ守れば大きな差はありませんよ」
オムライスは肩に力を入れて食べるような料理じゃありませんからと、ステファノは肩をすくめた。
「ごもっともだ。キミの手際を楽しみにしてるよ」
スールーはにんまりと笑みをステファノに向けた。
「えーと。今日はみんなに手伝ってもらいますよ? 協同作業というわけです」
ステファノもにっこりとスールーに笑い返した。
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