第416話 こんなものかな?

 アカデミーの2学期を2日後に控えて、ステファノはネルソン邸内の射撃場にいた。

 この冬休み期間に修業した結果のおさらいをするつもりであった。


「いろはにほへと ちりぬるを――」


 ステファノは声を出して成句を唱えた。それに呼応して、虹の王ナーガがステファノの体内に顕現する。


(捕縛せよ)


 標的を中心に半径2メートルの球体が瞬時に生まれた。魔視能力を持たない者には見えないイドの球体。その内側から中心にいる標的に向かって蛇尾くもひとでが飛んだ。四方八方から同時に。


「打ち上げろ」


 外側のイドを解除し、蛇尾くもひとでが絡みついたまま標的を上空に向けて土魔法で打ち出した。屋根のない野外射撃場である。標的は高々と30メートルの高みにまで上った。


「雷撃!」


 球形の檻、蛇尾くもひとで。それらイドの塊にはすべてアバターがついている。

 虹の王ナーガの分身であった。


 ナーガのあるところ、ステファノはいかなる時、いかなる場所であろうと、魔法を発現することができる。

 改めて魔核を呼び出す必要はなかった。


 ステファノの意を受けて、瞬時に蛇尾くもひとでが雷撃を発し、絡みついている標的に浴びせた。


「引き寄せろ」


 蛇尾くもひとでが土魔法を発動し、標的をふわりと着地させる。


「標的解放」


 何事もなかったように標的のみがそこに立っていた。


(こんなものかな?)


 ステファノは虹の王ナーガの起動を解除した。


 やろうと思えば、いまやナーガを常時起動させておくこともできた。そうすると複数視点を常時認識してしまい、鬱陶しいのだ。

 ステファノは必要な時以外アバターは休眠させておくことを選んだ。


(LANにつながっている状態なら死角はない)


 起動したアバターはLAN上の各ポイントから知覚を広げることができる。虹の王ナーガは空間を支配することができた。


 常設LANがない場所でも、ステファノには鉄粉がある。アバターを籠めて周囲に飛ばせば、すぐさま臨時のLANを立ち上げることができた。

 鉄粉が手元になければ、髪の毛を引きちぎってアバターにすることもできる。


 いざとなれば、吐き出す唾でさえステファノの分身であった。


(身ぐるみはがされても身を護れるな)


 さらわれて監禁されたトラウマがあるステファノは、「最悪のケース」を想像する。魔法を自在に操る今のステファノを「生け捕り」にするなど、とてつもなく困難なのだが。それでもステファノの想像は最悪からスタートするのだった。


ネット」と「魔示板マジボード」の解析も大分はかどった。術式の解析理解は完了し、モジュール応用の段階に入っていた。

 魔示板マジボードの術式には黙らコメント・アウトされている部分があった。どうやらその部分を生かせば、音声や視覚映像を送受することができるようなのだ。


(師匠が言っていた「テレビジョン」のようなものか)


 実物を見たことがなくても「概念」を知っているだけで、物事の理解は格段に進む。


 ステファノは携帯用の魔示板マジボードと言うべき「魔示マジパッド」と、音声専用送受信機「魔耳話器まじわき」を試作した。

 魔示マジパッドの形状は単なる板なので、土台の製作は簡単だった。一方魔耳話器まじわきは片耳を覆う耳あてのような形状であるため、耳に留める構造や素体の設計に苦労した。


魔耳話器まじわきは改良が必要だな。長時間つけていると耳が痛くなる)


 軽量化を施した上で、耳に当たる部分には柔らかい素材を使う必要があった。


(肝心の通話距離は問題ないな)


 1対1で直接つなぐと、100メートルまでが限界だった。しかし、ネットにつなげばどこまでも通話距離を伸ばせることがわかった。

 距離については魔示マジパッドも同じである。


 聖教会ネットワークを大っぴらに使えるようになれば、王国全土に通信連絡網を引くことができる。


(それまでは「私的な網プライベート・ネットワーク(PN)」で対応するしかないね。手間はかかるけど)


 中継器ルーターの術式は記録してある。町から町へ専用ルーターでネットをつなぐことができるのだ。

 ID波は障害物の存在に影響されるらしく、壁や建物よりも高い位置にルーターを設けた方が到達距離が延びる。鐘楼の鐘がルーターにされているのはそのためであった。


 ステファノたちがあちこちに鐘楼を立て始めると目立ってしまうので、彼らは「風見鶏」をルーターにすることにした。これなら新たに塔を建てなくても比較的高い場所を選ぶことができる。

 手始めに、ステファノはネルソン邸の屋根に置かれた風見鶏と、商会のそれをルーター化し、「私的な網PN」を結んだ。


 ◆◆◆


 ギルモア本家ともPNをつなぎたい。ネルソンはそう考えたが、冬休み中にステファノをギルモア領まで派遣する時間が残されていなかった。あきらめかけた時、ドイルが解決策を考え出した。


「何もステファノ本人が出掛ける必要はないさ。鉄粉1粒・・・・を届けさせれば済む」


 ステファノはネルソン邸に留まったまま、手元の鉄粉にルーターの術式を書き込んだ。


「この鉄粉をギルモア家に届け、城の鐘楼に埋め込ませれば良いというわけだ」


 ドイルは得意そうに鼻をうごめかせた。


「結構だ。ならば私が自ら持参しよう。マルチェル、ご苦労だが供を頼む」

「イエス、サー」

「ステファノが開発した魔法具の数々、中でも護身具タリスマンネットの件は侯爵閣下に詳しくご報告しておく必要がある。余人に漏らすことのできぬ情報だ。私が直接お話する」


 既に100個の護身具を用意してある。ネルソンたち「メシヤ派」メンバーには配布済みであるが、ギルモアの家族、重臣にも持たせる必要があった。


「王族、諸侯にそれとなくお渡しする手立ては兄者にお任せしよう」

「効能を打ち明けることはできませんからな。祝いやつけ届け・・・・にかこつけてお渡しできればよろしいのですが」

「指輪や褒章などでも良い。人前で身につけるような物なら、一定の護身効果になるからな」


 人前こそ暗殺が多く行われる場所である。行事の場で身を護れるだけでも、意味は大きいと言えた。


「ステファノ、お前の父親にはどう言って届けさせる?」

「これを俺からだと言って届けてもらえれば……」

「これは……煙草入れか」


 高価な品物ではなかったが、良い革を使った質の良い煙草入れであった。それに「蛇の巣」の術式を籠めてある。


「息子が贈った煙草入れか。それなら愛用するであろうな」

「本当は体のことを考えて、煙草を止めてもらった方が良いんですが……」

「それでは煙草入れを使ってもらえぬか」


 ネルソンの言葉に、ステファノはため息を吐いた。


「その時はその時で。禁煙するなら、それだけ命の危険が減るとも言えますから」

「確かにそれも一理あるか。ははは……」


 ネルソンは煙草入れを受け取りながら、頷いた。

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