第415話 教会にあるから良いんですよ。

鐘楼しょうろうだって? 確かに高くそびえちゃいるが……」


 屋敷に戻り、ステファノの報告を聞いたドイルの第一声であった。


「『雲』というほど高くはありませんか?」

「雲だから高いところにあると思ってはいないよ? どうせ比喩だろうからね。鐘楼なんてうるさい音を立てるだけで、価値あるものを置くような所じゃないと思っただけさ」


 鐘楼、鐘塔の多くは教会に設置され、時刻を知らせるほか災害や冠婚葬祭の告知に使われている。


「朝が弱いからといって、毛嫌いしているだけじゃありませんか?」


 朝寝を楽しみたい人間にとって鐘の音は騒音にしか聞こえないだろう。


「教会にあるから良いんですよ」

「なるほどな。言われてみればその通りだ。鐘楼のない聖教会など存在しないからな」


 ステファノが――というより虹の王ナーガが――突き止めたところによれば、鐘楼の鐘がWANへの中継器ルーターになっているとのことであった。

 

「各地の聖教会がそのままネットを構成していたというわけか」

「考えてみれば聖教会こそ魔術とギフトの総本山ですからな」


 アカデミー構内にも時を知らせる鐘楼が存在する。聖スノーデンの肖像画はキャンパスを見下ろす鐘と結ばれていたのだ。


「それで奉仕者サーバーの術式解析はできたのかね?」


 ネルソンの問いにステファノは小さく頷いた。


「全部はまだですが、おおよその構造はわかりました。とても緻密な術式で勉強になります」

「ふむ。それで『雲』の住所はわかったのかい?」


 ドイルが我慢しきれぬ様子で口を挟んだ。


「はい。位置関係から見ても間違いないと思います。聖教会本部です」

「やはりな」


 ステファノの答えはネルソンにとって予想の範囲内であった。WANが各地の分教会をつないでいるとしたら、その大本は王都の聖教会本部であろうと。


中継器ルーターの術式も虹の王ナーガにコピーさせました。解析が完了すればこのお屋敷や商会に自前のルーターを置くことができます」

「それでは魔示板マジボードの再現ができれば、町から町へ文字や映像を送ることができるのだな?」


 ステファノが言う通りに事が運べば、大きな町に必ずある聖教会を利用した広域連絡網が利用できることになる。伝声管と異なり、パイプ埋設などの工事が要らないのですぐにも使用できるという利点があった。


「これは便利すぎるな」

「旦那様、どういうことで?」

「マルチェルよ、広域連絡網をそのまま軍部に渡したらどうなると思う?」

「それは……圧倒的な有利を得たことを喜んで……戦を始めますか?」


 ルーター、サーバー、魔示板マジボード。これら一式を量産できるとなれば、戦場での連絡が圧倒的に円滑になる。休戦状態を保つ理由がなくなった軍部は嬉々として戦線を開くだろう。


「せっかくの大発見だが、すぐには公開できないというわけか」


 ドイルはさして興味がなさそうであった。


「僕の研究活動に差しさわりがなければ、どちらでも良いんだけどね」

「関係はある。戦争が始まればお前の研究など二の次、三の次だ。肩身の狭い思いをすることになるぞ」


 ネルソンはドイルの無関心さを咎めた。


「それは困る。今でも十分肩身の狭さを感じているからね」


 やれやれといった風情で、ドイルは肩をすくめた。


 世間の要求に斟酌せず、自分の興味が赴くままに研究する。戦争のさなかにそんなことが許されるはずがなかった。


「ステファノよ、お前の手柄を横取りするのは気が引けるが、そういう状況だ。軍部の暴走を抑えられるようになるまで、この発明はギルモアの預かりとさせてもらって良いか?」

「もちろんです、旦那様。物には順番があるということでしょう。メイン料理を前菜として出す必要はありません」

「ふふふ。料理というものは道理に適ったものなのだな」


 ステファノの持つ合理性は、ネルソンをしてたびたび彼の素性を忘れさせる。むしろ料理という行為がステファノの合理性を育てたのかもしれなかった。


「ふーん。料理かぁ。料理の中にも科学が働いているだろう。いや、そうに違いないね。だとすれば、『味』という物理的現象を科学で再現できるということになる。それもまた興味深いぞ……」


 ドイルはぶつぶつとつぶやき、独りの世界に入り込んで行く。


「まったく、この男の本性は変わりませんね。『並列処理』のギフトを得ても、結局全身全霊で自分の興味にのめり込んでしまう」


 マルチェルはあきれ顔でドイルの様子を見ていた。


「はは。諦めるしかないな。その内『一振りで味つけができる魔法の粉』でも作り出すだろう、科学の力でな」


 ネルソンは冗談のつもりでそう言ったが、ヨシズミだけはあり得ない話ではないなと妙に納得していた。


「時にステファノ。アカデミーで奉仕者サーバーの役目を果たしているという聖スノーデンの肖像画だが、お前は見たことがあるのだったな」


 真顔に戻ったネルソンがステファノに問う。


「はい。応接室の壁に飾ってありました」

「聖スノーデンはご自身を偶像崇拝することを許されなかった。肖像画は極めて限られた数しか存在しないはずだ」


 実際のところ王城内部と聖教会本部、そしてアカデミーにしか存在しないのだった。


「おそらくは聖王ご存命中に描かれたオリジナルであろう」

「確かに古い物と感じました」

「ふふ。我らが持ち込んだ『玄武の守り』は偽りのアーティファクトだが、聖王の肖像は本物のアーティファクトというわけだな」


 確かにその通りであった。使い方が知られていないために見落とされていたが、あの肖像画こそ国宝級のアーティファクトであった。


「アカデミーに盗みに入る不届き者はおるまいが、このことはここにいる人間だけの秘密としよう」


 ネルソンには珍しく、いたずら気味に片目を閉じてそう言った。

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