第414話 閣下の御心、よくわかりました。

 表立って言えることではないが、国王陛下その人や第1、第2王子たちに比べてジュリアーノ殿下の守りは薄い。その隙を突かれて暗殺されかかったばかりであった。

 護衛に当たる騎士の数や費用に限りがある以上、第3王子への備えが後回しされるのは仕方がなかったのだ。


「この宝剣があれば剣や魔術の危害から殿下をお護りすることができるのね?」

「左様です。もっと早く・・・・・献上するべきであったと、侯爵閣下は仰せです」


 暗殺未遂事件の存在を知らぬマリアンヌやドリーには響かぬ言葉であったが、リリーにはマルチェルの真意が手に取るようにわかる。


 結果的に王子の命は守られたが、実際は危うかった。命の瀬戸際まで追い込まれたのだ。


 ギルモア家所縁ゆかりのネルソン商会が預かりながらその始末。ギルモアとしての後悔と謝罪の意味が込められた献上品であった。


「閣下の御心、よくわかりました」


 リリー学長は静かに頷いた。


「詳細はマリアンヌの下で調べさせるとして、宝剣の保管はわたくしが直接行いましょう」


 リリーは宝剣を回収し、元の木箱に納めさせるとドリー1人を試射場に残し、学長室へと戻った。


「調査を行っている時間を除き、宝剣はこの部屋の金庫に納めます」


 マリアンヌの手から木箱を受け取り、リリーはマルチェルたちの前で木箱を金庫に納めて施錠した。


「この鍵はわたくしだけが持っています。金庫を開けたい時はわたくしに言ってください。よろしいですね、マリアンヌ」

「わかりました」


 宝剣がアカデミーにあることを知っているのは、ここにいるメンバーとギルモア家の関係者だけである。秘密が外に漏れぬ限り、宝剣は安泰であった。


「宝剣のこと、よろしくお願いいたします」


 マルチェルが3人を代表して、リリーたちに別れを告げる。


「ああ、学長。せっかくなので、このマルチェルにアカデミーの中を見せてやりたいのですが、構いませんか?」

「冬休みで学生もいません。それで良ければもちろん構いませんよ」

「ありがとうございます。良かったな、マルチェル。君も学問の香りを嗅いで、たまには脳を刺激してやると良い」


 マイペースなドイルの言葉を最後に、3人は学長室を出た。


「さて、学長のお許しが出た。せっかくだから教室棟に行ってみようか?」

「脳の刺激云々はともかく、アカデミーに立ち入るのは随分久しぶりですから楽しみではあります」

「こういう場所は何年経とうとあまり変わり映えはしないがね」


 無駄口を交わすドイルとマルチェルに従いながら、ステファノはポケットから手を出した。その手は軽く握り込まれている。


 3人は学長室のある教務棟を出ると、キャンパスを歩いて教室棟に入って行った。手近な教室のドアを開け、中に立ち入る。


「なるほど、机やいすが新しくなっているほかは20年前と大きく変わっていませんね」


 教室の中を歩き回りながら、マルチェルは辺りを見回した。


「そうだろう? 学校なんていう場所はそんなものさ」


 適当な席に腰を下ろし、ドイルはいい加減な相槌を打った。


 その間にステファノは教室前方の黒板に近づき、その表面に手を触れた。


(我、ステファノの名のもとに第101教室魔示板マジボードとのペアリングを求む!)


 ポーンという信号音と共に黒板の表面にふわりと波が立ち、四角い表示エリアが現れた。


「認識された魔術発動具」というタイトルの下、ペアリング可能な対象が表示される。

「長杖(ヘルメスの杖)」、そして「短剣(玄武の守り)」という名前が上下に並んでいた。


(よし! 上手くいった)


「玄武の守り」は教務棟にある。普通なら離れた場所にあるこの魔示板マジボードとペアリングすることはできない。それを可能にするために、ステファノはある工夫をしていた。


 学長室を出たところからこの部屋まで、30歩間隔で「鉄粉」を落として来た。鉄粉それぞれには「中継」の機能を刻み込んである。「玄武の守り」を起点としてこの教室まで地域網LANを引いたのだ。

 狙い通り魔示板マジボードは「ヘルメスの杖」を起点にして「玄武の守り」を認識してくれた。


(「玄武の守り」とペアリング)


 ステファノは迷わず魔示板マジボードを宝剣とリンクさせた。


<玄武の守りとのペアリングが完了しました>

<何をしますか?>

 

 接続さえできれば魔示板マジボードの役割は終わった。ステファノは玄武の守りに籠められたアバターに、魔示板マジボードにつながるLANの全貌を探らせた。

 たちまちにしてステファノ脳内に3次元のマップが浮かび上がる。


(観える!)


 線でつながれた光点に意識を集中すれば、どこにある何であるかがすぐに認識できた。

 多数の光点に混ざって、ひと際大きく光る点が玄武の守りの近くに存在した。


(これが奉仕者サーバーか?)


 期待を込めて意識を向けると、それは「聖スノーデン肖像」であることがわかった。


(これはあの応接室!)


 入学試験当日にリリー学長たちと面談した、あの部屋であった。


(覚えている。あの肖像画がサーバーだったのか!)


 肖像画からは太く光る線が、上方に向けて伸びていた。


(あれが広域網WANへの接続に違いない。サーバーの術式を解析すれば接続先の住所もわかるはずだ)


 ステファノは虹の王ナーガにサーバーの術式を読み取らせた。


(これは……。やはりそうだったか)


 情報を得たステファノは、魔示板マジボードとのリンクを切った。


「ドイル先生、ここ・・はもう十分です。そうですね、マルチェルさん?」

「ええ、結構ですよ。お前がそう言うのなら」


 それから3人は形ばかりドイルの研究室や情革研の研究室に立ち寄った後、アカデミーから退去した。

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