第413話 今度は私が魔術で攻撃してみよう。

「あの一瞬で10個もの鉄球を……」


 マリアンヌはマルチェルの手練に息をのんだ。

 何をする気かと目を凝らしていたにもかかわらず、放たれた鉄球を1つとして視認することができなかった。


 おそらく1対多の危機的状況を想定した技であろう。

 ばらまくように軌道を広げれば、複数の敵を同時に攻撃することができる。


(後ろから出所を見ていても、鉄球は見えなかった。的になったら避けようがない)


 これほどの投擲術はマリアンヌの記憶になかった。


(鉄壁の名に嘘はない)


「マルチェルさんが道具を使うのを始めてみました。俺のどんぐりとは大違いですね」


 ステファノはあくまでも明るく感嘆の声を上げた。


「いえいえ。子供だましの技です。それにどんぐりのように軽くて小さい物は、案外投げにくい。鉄丸くらいの重みがあった方が力を乗せやすいのです」


 鉄丸を放つ瞬間、マルチェルは「けい」の原理を働かせている。体全体の動きがリリース・ポイントである指先に最大のモーメントを発生させるように制御しているのだ。

 その上で、マルチェルは「気」を発する。


 以前は指先に集めた気を爆発させるようにして、鉄丸に勢いを与えていた。


 今は違う。


 体の動きに気が従う。2つにして1つ。体内で増幅されながら伝播する運動エネルギーに寄り添うように、気がうねり、流れて行く。


「色即是空、空即是色」


 肉が「陽」だとすれば、気は「陰」である。マルチェルという存在自体が1つの魔核マジコアとなって、働きを為す。


「鉄丸を飛ばす」


 その「意」を為せば、「けい」を伴う。故に最小の動きを以てマルチェルは鉄丸を放つことができる。力の流れは気によって増幅されるのであった。

 現代の武器で言うところの「レールガン」に似ていた。


「アレほどのつぶてをそらせるのであれば、剣や槍の攻撃も通じないだろうな」


 マリアンヌは目の前で「玄武の守り」の効果を見ながら、信じられない気持ちだった。ここまで完璧に物理攻撃を排除するとは予想していなかった。


「今度は私が魔術で攻撃してみよう」


 マルチェルを押しのけるように、短杖ワンドを引き抜きながら前に出た。


「ドリー、火魔術を使うぞ!」

「5番、火魔術。お好きなタイミングでどうぞ」

 

 標的に向かえば、マリアンヌも一流の魔術師である。おのずと心気は澄みわたり、肩の力が抜け去った。


「焼き尽くせ、白き業火!」


 金属をも溶かす灼熱の業火を、圧縮して標的に飛ばした。大きさこそ拳大の火球であったが、その熱量は空間を歪めて見せるほどのものであった。

 急激に上昇気流を起こし、周囲の空気を巻き上げながら標的を目指して一直線に火球は飛んだ。


 火球は飛びながら徐々に大きさを増し、大人の頭ほどになって標的に迫った。


 直撃必至と思われたその時、標的の足元に魔法円が光り、きいんと空気を凍てつかせて氷の壁が立ち上がった。


(蛇の巣! やはりステファノの護身具タリスマンか)


 魔法円の輝きと共に、ドリーの眼には虹の王ナーガが顕現し、その首の1つで灼熱の火球を飲み込む姿が観えた。


 マリアンヌは突如立ち上がった氷の壁が彼女の火球を受け止め、飲み込むように・・・・・・・吸収するのを見た。

 火球が消えると氷壁は何事もなかったように崩れ落ち、魔法円と共に消え去った。


「こ、これは……。こんなことが……」


 氷壁の後ろから現れた標的には傷1つついていなかった。


「ドリー、風魔術だ。風を使うぞ!」


 マリアンヌは声を荒らげて、風魔術の行使を予告した。


「5番、風魔術。どうぞ」


 勢い込んだマリアンヌに、ドリーは淡々と試射の許可を告げる。

 いかにマリアンヌが張り切ろうと、ドリーには結果が見えていた。「蛇の巣」の守りはそれ程に堅い。


「切り刻め! 風刃ふうじんの谷!」


 マリアンヌと標的を結ぶラインの両側に、風の壁が出現した。高速で吹き抜ける2つの風。

 壁に挟まれた内側を、目に見えぬ刃が群れを成して飛んだ。


(ほう。風の複合か。威力を逃がさない工夫だな)


 ドリーにはマリアンヌの術に感心する余裕がある。


(威力は上がるだろうが、発動に時間がかかりすぎる。見栄えは良いが、実践向きでないな)


 風の刃が目標まであと一歩と迫ると、今度は足元から炎の壁が立ち上がった。凄まじい熱量に飲み込まれ、風刃は上昇気流となって消え去った。


 炎が消え去った後には、熱風が吹き荒れる。

 真夏の炎天下を思わせる強風にあおられて、マリアンヌは後ろによろけた。


「ど、どういうことだ? 防御の術が毎回変わるとは?」

「襲い来る危害の内容に合わせて、防御の仕方が変わるようですな」


 青ざめたマリアンヌの言葉に、マルチェルが返事した。


「当家で試した際も同じ結果でありました」


 マリアンヌは思わず短杖ワンドを取り落としそうになった。


「それでは……まるで……」

「考えているかのように自律的に防御を展開する。自動防御機能と分析しています」


 ドイルがコメントをつけ加えた。


 ぽん。ぽん。ぽん。


 間延びした拍手が聞こえてきた。


「まあ。とても面白い魔道具ですこと。何をぶつけても消してくれるのね?」

「簡単に言うと、そういうことです、学長」


 リリーの解釈は実におおらかだったが、かなり真相に近かった。難しい術理を抜きにして考えれば、リリーの一言は護身具タリスマンの本質を的確に現していた。


「ジュリアーノ殿下をお守りするには確かに最適ね。陛下には無用の長物でしょうけれど」


 最強の防具を国王陛下にではなく、第3王子殿下に献上する理由がここにあった。


「陛下には既に最強の『剣』がございますからな」


 マルチェルが言う通り、ヨハン国王の傍らには常に「音無しの剣」ジョバンニ卿がいる。国王に護り刀を献上するなど、宮中の守りを疑うに等しき無礼となる。


 第2王子であるハンサカー殿下は武勇に優れる偉丈夫である。自らは第1王子であるエルネスト殿下に剣を捧げたと宣言されているお方であった。

 このお二方のどちらに護身具タリスマンを献上しても、それはハンサカー殿下の業前をけなすことに当たる。


 結局、護り刀の送り先はジュリアーノ殿下しかなかった。

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