第417話 それがウニベルシタスというわけだね。

 ネルソンは護身具タリスマンという道具を戦術的に利用した。


 先ず、「王制初期のアーティファクト」という名目で第3王子に短剣を献上した。護身の特殊効果を持つことは内密にしつつ、あえて目立つ場所に贈ったのだ。


 秘密が守られれば宝剣はそのまま王子を護り続ける。それはそれで望ましい結末であった。

 

 他方、秘密が漏れた場合、対立陣営――「神の使徒」――は王子を襲うにあたり、護身具を打ち破る策を用いなければならない。失敗すれば身を亡ぼす以上、護身具の能力、その限界を見極めなければ王子暗殺の計画は実行できないであろう。


 すなわち、秘密が漏れた場合であっても護身具は「抑止力」として働くのだ。


 さらにネルソンは第3王子に宝剣を贈る傍ら、ギルモア家を通じて重要人物に密かに護身具を贈った。「王制初期のアーティファクト」がごろごろ存在するはずはない。敵方からすれば宝剣と同じ力を持つ護身具が他にも存在するとは考えにくかった。


 つまり、王子に贈った宝剣は「見せる盾」であり、それ以外の関係者に贈った護身具は「隠された盾」なのであった。


 知らずに護身具を身につけた人物を襲えば、攻撃は跳ね返される。暗殺者は捕らえられ、黒幕が暴かれることになるだろう。

「隠された盾」は「罠」でもあった。


 暗殺の試みが複数為されれば、いくつかの護身具が表に出るかもしれない。そうなれば護身具はアーティファクトではなく、「人が作った物」として認知されるであろう。

 アーティファクトに匹敵する護身具を誰が作ったか?


 その時社会は「メシヤ派」というルネッサンスの担い手たちが存在することを知る。


 護身具タリスマンはメシヤ派の力を示す象徴となり得る。

 人々は超常の力を振るう彼らを恐れ、一方で彼らの力を利用したいと熱望するであろう。


 自分にもタリスマンを、魔法具を与えたまえと。


 メシヤ派はこう答えるであろう。


「時が来れば――」と。


 いきなり無敵の盾を手に入れれば人はおごり高ぶり、他人を虐げるかもしれない。自分は違うと言い切れる者がどこにいようか。


「『その代わり』と、我らは言おう」


 ネルソンは飯屋派のメンバーにそう言った。


「人々の生活を豊かにする道具を授けよう。安全で快適な暮らしを生み出す術を伝えよう。自ら学び、身につける者を我々は助けよう」


 そのように言ってやるのだと。


「それがウニベルシタスというわけだね。うん。上手くできている」


 ドイルは手を打って頷いた。


「どういうことですか?」

「ステファノ、わからないかい? 護身具タリスマンの存在が表に出れば、それはそのままウニベルシタスの宣伝材料になるのさ」


 敵も味方も、魔法具を手に入れよう、魔法を身につけようとこぞって集まって来るであろう。


「味方が集まるのは結構ですが、敵が潜入したら……」


 ステファノは技術が敵の手に渡る事態を懸念した。


「構わんさ。考えてみなさい。敵が恐れているのは『技術や知識が広がること』なのだ。彼らが知識を持ち出せば彼ら自身が自らを滅ぼすことになる」


 ここに至ってタリスマンは「毒」であった。敵が持ち帰れば、巣ごと死に絶える毒の餌。


「そこまで一気に事が進むことはないだろうがね。戦というものは最悪の状況を想定してから軍を動かすものだよ」


 ステファノはネルソンの思慮深さを深く尊敬していたが、この時はその深謀を恐ろしいものと感じた。


「旦那様が味方で良かった」

「ステファノ、賢明な判断だと言っておこう。この男、普段は人格者だが戦うとなると悪魔にもなれる」


 永年の友ドイルにとってはわかり切ったことであった。


「ふん。お前はそれで褒めているつもりなのだろうな。『最悪の状況』にはお前の危機も含まれているぞ?」

「ウニベルシタスとその関係者が襲われるという危険でございますな」


 単純だが効果的な策であった。暴力は常に有力なオプションだ。

 マルチェルにとってはなじみ深い世界である。


「もちろん承知の上さ。しかし、このメンバーがいる所に生半可な暴力は通用しない。そうじゃないかい?」


 ネルソンは騎士団員に匹敵する武技を身につけている。1人や2人による襲撃からは自分の身を護れるだろう。

 ドイルは争いの役には立たない。


「大規模な襲撃となれば、頼りはマルチェル、ヨシズミ、そしてステファノだな」


 ネルソンは落ちついてそう言った。


「上級魔術師が単独で暴れるくらいの事件であれば、3人の内誰か1人がその場にいれば鎮められるだろう」

「一軍に匹敵すると言われる上級魔術師を単身で鎮圧するとは、とんでもない話だがね。彼らならやれるだろう」


 ドイルの眼から見て、その優位は揺るぎなかった。


「最悪の状況とは、上級魔術師クラスが徒党を組んでウニベルシタスを襲撃する事態だ。さすがにこれを1人で押さえることは難しい」

「では、どうするね?」


 ドイルには答えの見当がついているのであろう。その眼には問答を面白がる光があった。


「ステファノの出番さ。正確に言えば、護身具タリスマンのな」

「旦那様、タリスマンですか?」


 護身具を関係者全員に配るということだろうかと、ステファノは首を傾げた。


「ふふふ。ウニベルシタス全体を『安全地帯』と化す。そういうことだ」

「むう。それはまたでっけェ話だッペ」


 建物なり、敷地全体に攻撃無効化の魔法を籠める。ネルソンはそう言っていた。


「え、ええー! そんなこと……でき、なくはないか?」


 驚いたステファノではあったが、すぐに術式の想像を巡らせた。


「土地はどこまでも続くから、敷地に籠めるのは難しい? だったら区切ってやれば良いか? 敷地を囲む塀? それより、四隅に塔か柱を立てて……」


 ステファノは顎に手を当てて考えに没入した。


「上級魔術師の集団を指も動かさずに封殺する。どうですか、ドイル? 一番恐ろしいのはステファノだと思いませんか?」


 マルチェルは思案顔のステファノを見下ろしながら、ドイルに水を向けた。


「ふん。今更だね、マルチェル。そんなことはステファノがアカデミーに入学した日から決まっていたことさ」


 したり顔でドイルが人差し指を振り回した。


「ならば一番の功労者はステファノをアカデミーに推薦した旦那様ですな」

「残念だが、マルチェル、それは少々違うな」

「おや、間違っておりますか?」

「忘れているぞ。ステファノを推薦したのはギルモア侯爵閣下、そしてジュリアーノ殿下だ」


 指摘するネルソンの顔が笑っていた。


「おお、確かに! 勲功第一位はジュリアーノ殿下でございました」


 マルチェルも微笑みながら同意した。


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