第394話 ステファノ、それは間違いだ。
「しかし、魔術や魔道具というものはそんなに簡単に作れるものなのでしょうか?」
「マルチェル、疑問はもっともだが今更だぞ。ステファノがこの4カ月で何をしてきたか、思い返してみたまえ」
マルチェルもまた常識の人であった。
何を聞いても驚かないのは、1人ドイルのみであった。
「着火、照明、送風、洗濯、掃除か。これだけでも随分生活が楽になるな。ステファノ、他にも魔道具のネタはあるかね?」
「えーと、これまで作ったもので言えば
「それは水を作り出し、熱を生み出すということかね?」
学者の顔をしたドイルが、ステファノに尋ねた。
「正確に言うと、水は空気から集めるという感じですね」
「ふむ。ならば、物を温めたり、冷やしたりすることはお手の物というわけだね」
「それに、重さを軽減する背嚢を作りました」
「重力への干渉か。これもまた興味深い現象だ」
ステファノが生み出してきた魔道具の数々。ドイルの頭脳はそれらをカタログ化し、分類評価を開始した。
「整理してみよう。熱を操れるということは、部屋を暖めたり、冷やしたりできるということだ」
「そうですね。竈の術を応用すれば暖炉も魔道具にできるでしょう」
「うん。そうだろうとも。世の中にはないものだが、部屋を涼しくすることもできるな」
「……できますね。暖炉の反対ですか。空気を冷たくしながらかき混ぜたら、夏でも涼しくなりそうです」
ドイルの示唆を受けてステファノは「冷房魔具」の術式を想像してみた。それは「魔冷蔵庫」の応用でしかなく、簡単に実現可能に違いなかった。
「水が作れるなら、湯もできるな。風呂に湯を張ることもできるだろう」
「確かに。風呂かあ。それは考えなかったな」
湯を沸かすには水をくみ、燃料を焚く必要がある。庶民にはできない贅沢であった。ステファノが生活魔道具の対象として考えていなかったことも無理はない。
「さて、重力への干渉ができるなら運送用の魔道具が作れるね」
「それは考えました。背嚢よりも荷車の方が運送魔道具に向いているなと」
荷車ごと荷物の重量を軽減すれば、動かす力はよほど軽くなるに違いない。
「ステファノ、それは間違いだ」
「えっ?」
しかし、ドイルはステファノの考えを否定した。
「君が魔術で操るのは『重力』だろう? 物体の質量を変えるわけではない。『重量』が軽減されようとも、100キロの質量を持つ物体は100キロの質量のままだ」
最初に動き出す際、すなわち加速度が働く際には「100キロの荷物を動かす力」が必要になる。
動き出してしまえば、摩擦力大幅に軽減されるが。
「意味がないとは言わないが、荷車で大変なのは初めの動き出しだ。常時荷物を支え続ける荷担ぎ人にこそ重量軽減は意味がある」
「そうかあ。重さと質量は違うものなんですね」
ステファノは思わず顔をしかめた。
「なあに。がっかりする必要はないよ。動きにくいなら動かしてやれば良いのさ」
ドイルはにやりと笑みを浮かべた。
「『荷車を動かす魔術』ということですか?」
「そうだね。『馬のいない荷馬車』――それなら『自走車』か? そういう車を作れば良いのさ」
「そうか。土魔術を進む力に使うんですね?」
ドイルの示唆を受けて、ステファノは想像を膨らませた。
馬のいない荷馬車は頭の中で不格好に見えたが、馬がなくともすいすいと動いた。
「
唐突にヨシズミが声を発した。
「そういう名だったのかい?」
すぐにドイルが反応する。
「君の世界ではその名で呼ばれる機械が走り回っていたんだね?」
「ああ、そうダ。自動車は文明のあり方を一変させたッペ」
「馬のいらない荷馬車が走り回っていたら、それは世の中が豊かになるだろうね」
「自動車は物流革命を起こすッペ。財貨の偏在を解消すンダ」
ステファノたち情報革命研究会は情報伝達こそ文明の要と考えた。彼らは情報伝達の質、量、速度を変革しようと努力してきたが、おそらくそれだけでは文明を進歩させるには足りない。
財貨の移動を伴ってこそ、情報の移動が意味を持つ。
自動車はそれを可能とする発明品になるかもしれなかった。
「そんなにすごいものなんですか? 魔道具としては割と簡単にできそうですけど……」
その社会的価値とは裏腹に、ステファノから見た魔術的なチャレンジはそれほど大きくなかった。
「君にとってはそうかもしれない。科学と魔術には得手不得手の差があるからね」
「魔術だけに頼り切る文明はいびつな気がします。科学でできることは科学で実現するべきなのでしょうか?」
「難しく考える必要はないんじゃないか? 残念ながらこの世界において科学はまだまだ未発達だ。ひとまず魔道具で文明を発達させながら、科学の進歩を促せばよいだろう」
せっかちな性癖のドイルであったが、文明の進化のような大きなテーマに関しては巨視的な視野から見つめていた。科学とは個人の利益のために探求するものではない。
社会全体とその未来のために、個人が宇宙と対峙する。
ドイルにとっての科学者とは、そういう存在であった。
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