第376話 道具屋とか素材屋って、こんな方向にあるのね。

 幸いにも購入した古着はプリシラに「合格」判定をもらえた。ステファノはほっと胸をなでおろし、マヨルカの店を出た。


「大丈夫、ステファノ? 荷物は重くない?」

「今のところ大丈夫。道具屋での買い物次第だね。運べる量を考えて買い物するよ」


 金属系の素材となれば、形は小さくても重さに気をつける必要がある。


(届けてもらうという手もあるし、土魔術で軽くすることもできるか……)


「入れた物の重量を軽くする背嚢」があったら便利だなと、ステファノは考えていた。自然と頭の中で必要な術式を思い浮かべる。


(何を以て「入れた物」と判定するか? 背嚢の裏地に触れているという条件ではだめだ。荷物の間に挟まった物は背嚢に触れない)


「やっぱりこっちの方には来たことがなかったわ。道具屋とか素材屋って、こんな方向にあるのね」


 並んで歩くプリシラの言葉は、意識の表層でとらえている。無視などしたら問題だ。


「町の北側になるのかな。ちょっと日影が多くてひんやりしているね」


 古着屋通り以上に狭い路地が多く、建物が密集していた。


(新しく増加した「重さ」を術式の対象としたらどうだろう? 相手はイデアなんだから、何も目で見て判定する必要はない。もちろん触る必要もない)


「テオドールは魔術を見たがっていたわね。見せて上げたらまずかったの?」


 ヘルメスの杖を魔術発動具と見なしてテオドールはステファノの魔術を見たがった。


「灯の術くらいなら危なくないし、見せても良かったんじゃないの?」


(背嚢も1つの化身アバターだと考えよう。それなら「重さ」を感知する知性・・を持っていてもおかしくない。化身に「条件」と「仕事」を覚えさせるんだ)


「キリがないからね」


 心の一部で答えたせいか、ステファノの返事には手加減がなかった。


「どこまで見せてもきっと不満が残る。もっと見せてくれていいじゃないかって。それならば最初から見せない方が良い」


 かつてヨシズミは周囲の人の際限ない欲に翻弄されて、魔法での人助けを繰り返すうちに道を踏み外してしまった。良かれと思った雨乞い魔法で、大洪水を引き起こしてしまったのだ。

 困った人を助けるために仕方なく魔法を使う場面はあるかもしれない。しかし、「見たいから」という人間に術を見せびらかすのは理由にならないと、ステファノは思った。


「そういうものかしら。何だか切ないわね」


 理屈はわかるものの、割り切れなさを感じてプリシラは目を伏せた。


(反対に物を取り出した時は術の効果を消さなければ。「重さを減らした物」は取り出されたと判定するか)


「俺に初歩の魔術を見せてくれた人は、旅の魔術師の術を見て弟子入りしたと言っていた。俺もその人に弟子入りしたかったが、断られた」


 ジュリアーノ王子を暗殺しようとした犯人だとは言わず、ステファノはエバと自分の出会いについて話した。


「魔術にはそういう魅力がある。気安く人に見せるものじゃないんだ」


 魔術を学び、魔術を鍛えて、初めてそれがわかった。魔術は便利すぎる。

 見せられた人間は「もっと見たい」と思う。そして最後には「なぜ、自分は魔術を使えないのか?」という喪失感を覚えるのだ。


「俺は魔術師ではなく、魔道具師になるよ。術を見せつける代わりに、魔道具を世間に広める。誰でも使える魔道具をね」

「そういうことだったのね。わかったわ。わたしもステファノに魔術を見せてなんて言わないようにする」


(我が名において虹の王ナーガに命ず。この背嚢に術式を刻め。式の名は「土蛇の助け」)


 プリシラとの会話の切れ目に、ステファノは歩きながら魔術付与を行った。背中の背嚢に対して。


「ちょっと止まるよ。背嚢の中身を入れ直す」

「あら、荷崩れしてきたの?」


 一度取り出した荷物を、再び背嚢に納める。そのたびにステファノは土属性の魔力が働くのを感じた。


「うん、うまく納まった。荷物が軽く感じるよ」

「背負いやすくなったのね。良かった」


 背嚢は軽くなった。しかし、荷物が小さくなったわけではない。


(うっかり勘違いすると、入りきらない品物を買い込んでしまいそうだ。気をつけよう)


 この重量軽減術式を付与するなら、背嚢よりも荷車の方が良いかもしれない。そんなことを考えながらステファノは目当ての店に到着した。


 ◆◆◆


「こんにちは」

「はい、いらっしゃい」


 小さな道具屋を仕切っていたのは意外に若い男であった。店主なのか、雇われ者なのか?


「ブロンソン商会でここのことを聞いてきました」

「そうかい。何を探してる?」


 ステファノはあえてブロンソン商会の名前を出した。それだけで態度が変わるものでもないだろうが、粗略に扱われる可能性は下がるだろうと。

 ステファノが本当にブロンソンの知り合いだった場合、雑に扱えば後々苦情を受けるかもしれないのだ。


 商売とはそういう忖度の積み重ねの先に、本当の勝負がある。


「装飾品や金物を細工するんで、基本の道具を買いたいと思ってます」

「金物用の道具ならそっちの一角に置いてるよ。好きに見てってくれ」


 男が指さす一角には見覚えのある工具が置いてあった。


「こんな道具があるのねえ。ステファノは見たことあるの?」

「アカデミーの先輩が持っている道具の中にあった」


 サントスの部屋にはちょっとした工房並みに工作道具が揃っていた。その中には金工用の道具類もあった。


金鋸かねのこ、はさみ、たがね、やすり、るつぼ、天秤ばかりと分銅か……」


 こうして見ると揃えるべき道具は多かった。


「本物の飾り職じゃないからちょっといじれる程度の道具で良いんだけど」


 切ったり削ったりという作業をしたいなら、金床やバイスが必要であった。


「るつぼを使うとなると炉が欲しくなるし……」


 素材のことまで考えると、とても背嚢に入れて持って帰れるようなものではなかった。

 さて、どうするか?

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