第377話 だったら……イドで作れば良いか?

(重い物、というかかさばる物・・・・・は諦めよう。金床とかバイスとか)


 代用品があれば良いのだが……。


(そもそも寮の部屋に置くようなものじゃないよね? トンカチやったら、うるさいだろう)


 置くとしたら「実験室」になる。


(そうか。あそこにはいくつか道具が置いてあったな)


 工作用というよりも調合用の道具だったが、乳鉢や薬研、天秤ばかりなどが置いてあった記憶がある。

 金床とバイスは見当たらなかった。


(金床って、金属を叩いたり、曲げたりする時の土台にする物だよね)


 衝撃を受け止める強固な台があれば良い。


(だったら……イドで作れば良いか?)


 遠当ての術ではイドを固めて飛ばしている。飛ばさずに床に固定すれば金床代わりになるのではないか。

 それにしても目に見えない物では、道具として使いにくい。


(形だけ「板」で作るか? その周りをイドで覆う術式を付与すれば叩いても壊れなくなる)


 金床は何とかなりそうだった。むしろ必要なのはかなづちだ。

 次の課題はバイスであった。


(金床と兼用にするか? 箱のふたが2つに分かれて、前後にスライドするようにして……)


 開いた隙間に加工物ワークを挟むことができる。挟む力は土魔術の付与で与えれば良かった。

 そうと決まれば「土台」にする木箱は素材屋にでも作らせればよい。箱は道具入れにもなるだろう。


 結局ステファノは、ハンマー、たがね、ピンセット、るつぼ、やっとこ、やすりなどを購入した。

 金属製品ばかりなので持ち重りがするものだが、背嚢に納めれば重さは感じなくなる。


「さて、次は素材だ。鉄と銅の薄板、小さめのインゴットを見せてください」


 金や銀は普段使いには高価すぎる。加工のしやすい銅と、丈夫な鉄を試しに買うことにした。


「この近くに木材を扱っているお店はありませんか?」


 支払いをしながらステファノは材木屋の場所を訪ねた。

 同じ通りに両方を扱っている店があると言う。ステファノたちは店主に礼を言って、次の店に向かった。


 5軒先に木の匂いを漂わせた店があった。


 今回材料自体は何でも良いので、値段が安い杉材で木箱を作ってほしいと注文した。でき上がりは3日後。

 加工賃込みで300ギルを先払いした。


 買い物はこれで終わり。帰り道の途中に、以前プリシラが話していたクレープ屋があるというので、付き合ってもらったお礼にステファノが奢ることにした。

 クレープ生地にホイップクリームを挟んだだけのシンプルなものであったが、たっぷり砂糖を使っている甘さが人気を呼んでいた。


「ごちそうさま」

「どういたしまして。噂通りの美味しさだったね」

「でしょう? 甘い物なら、他にもいいお店を知っているからいつでも聞いてね」

「その時はまた道案内をお願いするよ。お? ちょっとこの店をのぞいても良いかい?」


 ステファノが足を向けたのは、ハンカチやタオルを並べた店だった。


「何か欲しい物があるの?」

「こいつの替えを買おうと思ってね」


 ステファノはそう言って頭を覆う手拭いを指さした。


「今つけているのは白だけど、黒い手拭いがあればほしいと思う」


 2人の会話を聞きつけて店の奥から店主が出てきた。


「いらっしゃい。黒の手拭いをお探しで?」

「うん。これと同じように頭にかぶりたいんだけど」

「ふうん。そんな感じの手拭いね。これなんかどうだろう?」


 店主が手を伸ばして棚から下ろしたのは、インクのように真っ黒な手拭いだった。


「良く染まってますね。色落ちはしない?」

「洗濯を繰り返せば多少はね。それでも良い黒が残るよ。使い始める前に一度洗って、糊と最初の色落ちをさせておくと次からは普通に洗えるさ」


 最初からまとめ洗いしてしまうと、他の衣類に色移りする恐れがあった。


「これだけ濃く染めていると、最初はそういうこともあるでしょうね」


 実家では洗濯もステファノの仕事であった。色移りには自然と気を使う癖がついていた。


「これ、2枚ください」

「はいよ。2枚で40ギルだ」

「じゃあ、これで」


 2本の手拭いを受け取ると、今度こそステファノはネルソン邸への帰路に就いた。


 ◆◆◆


「早速魔灯具とやらが行き渡ったようだな」


 夕食の席でステファノが設置した魔灯具が話題になった。この食堂にも複数の魔灯具が灯されている。


「普通のランプより明るく、光が安定しているな。すすの匂いもない」


 部屋を見回し、鼻まで使ってネルソンは魔灯具の性能を評価した。


「触るだけでつけるも消すも自在。おまけに燃料代が要らないと来ている」


 夢のような話であった。


「内務卿閣下には5年でこの国の生産力を2倍にすると啖呵たんかを切った」


 ネルソンはブラフのつもりでそう言ったのだが――。


「ふふん。夢がないな、ネルソン。術式複写ドラグ&ドロップに自動機械、鉄粉魔道具法を組み合わせれば、2年と掛からんだろうよ」


 炒め物に入ったキノコをよけながら、ドイルが言った。


「2年のうち半分は、国民が魔道具に慣れるまでの時間だ。魔道具を作り、王国全土に行き渡らせるだけなら半年も掛かるまいよ」

「行き渡らせるのに半年、魔道具に慣れるのに1年、使用して大量の生産を行うのに半年ということか」

「それでも随分控えめな見積もりだろうよ。あまり急ぎ過ぎても世の中の秩序が乱れると思ってね」


 急に安価な製品が世にあふれだしたら、従来の製品在庫を抱える業者は食っていけなくなる恐れがあった。

 魔道具になれるための1年には社会構造を変えるための過渡期を含んでいた。


「魔道具化で大きな痛手を受けるのは、油屋や薪炭しんたん商が筆頭だろうな」

「うむ。燃料は要らなくなるからな。彼らには救いの手を用意しなければなるまい」

「商売替えでございますか?」


 ドイルは、魔道具革命が経済に与える影響を猛スピードでシミュレーションしていた。燃料業界への打撃は不可避の結末であった。

 ネルソンと共にかつて商売替えの苦しみを実際に味わっているマルチェルは、来るべき事態を予想して眉宇を曇らせた。


「難しい話だな。どうしたって新しい商売を始めてもらうことになるからな」


 ドイルが言うことはもっともだ。新商売にはリスクがつきものであった。慣れない仕事で大損を出すことはよくある話である。


「都市を結ぶ伝声管を敷設し、その後管理する仕事を与えてはいかがでしょう?」


 マルチェルが新しい仕事の例を挙げた。


「うむ。1つの案にはなるな。ノーリスクとはいかないだろうが」


 最後は自助努力が鍵となる。ネルソンは慈善家になるつもりはなかった。

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