第375話 へえ。学生さんかい。それにしちゃいい体だ。

 ブロンソン商会を出た2人は、ステファノの着替えを探しに行くことにした。古着屋が軒を並べる通りはプリシラのなじみ深い場所であった。


「へえ、古着屋さんばかりこんなに集まっているんだね。お客さんの奪い合いにならないのかなあ」

「これだけお店があると品物の種類も多くなるでしょ? それを目当てに人が集まるから、十分やって行けるそうよ」


 どの店も規模は小さい。店内に収容できる客数におのずと限りがある。集まって来た客は結局いろんな店に分散するしかないのだった。


「それにここに来たら1軒見るだけじゃ満足できないでしょ? 掘り出し物を探してみんな梯子するのよ」

「なるほどね。たくさんあることにも意味があるのか」


 やがてプリシラ1軒の古着屋の前で足を止めた。


「この店よ。ここの古着は生地も仕立もしっかりしてるの。万一着ている間にほつれたりしたら、ただで繕いまでしてくれるのよ」

「そりゃあ良心的だね」


 プリシラは慣れた態度で店に入った。店内を見回しながらステファノが続く。


「いらっしゃい」

「こんにちは。今日はこの人に合う服を買いに来たの」

「このお兄ちゃんの服かい?」


 女店主はステファノを頭からつま先までなめるように見た。


「日焼けしてない割に、筋肉がついてるね。倉庫で荷物でも運んでいるのかい? それにしちゃ綺麗な手をしてる」

「ステファノはアカデミーで勉強しているのよ」

「へえ。学生さんかい。それにしちゃいい体だ。鍛えてるのかい?」


 興味を覚えたのか、女店主はステファノに近づいて上腕をつかんできた。


「あの、初心者ですが武術を少々かじっています」


 困惑しつつもステファノは正直に答えた。


「ああ、その棒はそれに使うもんかい? モップが壊れたのかと思ったよ」


 喋りながらも店主はステファノの服がだぶついている部分に触れて、体の大きさを確かめているようだった。

 あくまでも商売のためにさわっているのだろう。そう思って、ステファノは避けもせず我慢した。


「今着ている物の替えになるような服はあるかしら?」

「人前に出ても失礼にならない程度で普段使いできる平民服が希望なんですが」

「そりゃああるさ。ウチは古着屋だからね」


 最後にステファノの顔をじろりと見定めると、店主はあちこちに置かれた古着から数着選び出して戻って来た。


「サイズはこいつらで着られるはずだ。時間をくれるならウエストを詰めた方が体形に合うがね。このままでも着られないことはないよ」

「……ウエストはそのままで良いです。その方が古着らしい・・・・・ので怪しまれないでしょう」

「面白いことを言う子だね。体に合った古着を着たら怪しまれるってかい?」


 ステファノの体に服を合わせながら、女店主は口の端を持ち上げた。


「古着なのに体に合っているってことは、新品を着古したか、寸法直しをさせたか、どちらかです。どちらにしても庶民にしては余裕があると見えるでしょう」

「余裕があったらいけないかねぇ?」


 店主はますます面白そうな顔をしたが、細めた眼の奥は笑っていなかった。


「アカデミーはお貴族様とお金持ちばかりですからね。余裕のある庶民は気に入られないでしょう」

「……。ふん。見た目よりは世間の苦労を知っていそうだね」


 彼女は白い長そでシャツ、紺色の上下という組み合わせを持ってきた服の一番上に置いた。


「今着ているのがグレーと茶の組み合わせだからね。紺色なら目立たないし、大抵の場所に着ていけるだろう。あたしのお勧めはこいつだが、どうするね?」

「それで良いです。いくらになりますか?」

「思い切りが良いね。それとも関心がないのか。3点合わせて1000ギルでどうだい?」


 庶民の普段着ならその半分の値段で買える。だが、この店の品物はプリシラの言葉通り生地も仕立も品質が良かった。

 長く着られることを考えると、値段なりの価値はあるとステファノは考えた。


「結構です。買います」

「はは、金払いも良いや。面白い子だね」


 ステファノは巾着を取り出して支払いを済ませた。買った服はきっちり畳んで背嚢に仕舞う。


「滅多なことでほつれるような品じゃないが、何かあったらここに持って来な。直しくらいはただでやってあげるよ」

「ありがとう。手入れはどうしたら?」

「普段はブラシをかけて吊るしておけばいいさ。汚れたらそこだけ濡らして、当て布して叩いてみな。どうしても洗うならぬるま湯で押し洗いだ」


 アカデミーにいる間、滅多に着ることはないだろう。そう思いつつ、ステファノは店主が教えてくれた手入れ方法を頭に刻み込んだ。


「あたしの名前はマヨルカだ。迷ったら『マヨルカの店』って言えばわかるだろうさ」

「わかった。服のことで何かあったらここに来ます」

「また来てくんな。毎度ありぃ」


 他の服を見ることもなく、ステファノはこの店での用事を終えた。


「えっ? もう終わったの? ステファノったらあっさりしてるわねぇ」


 女物の服を物色していたプリシラは、ステファノに声をかけられてその早さに驚いた。


「マヨルカさんが良い服を見繕ってくれたので、すぐに決まったよ」

「あらそう。もう仕舞っちゃったの?」


 プリシラの要望で、ステファノはもう一度背嚢から仕舞ったばかりの古着を取り出して見せることになった。


(しまった。プリシラに見せてから買えば良かったか……)


 ステファノは心の中で頭をかいていた。

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