第287話 抜けたところのある人間の方が、人望は集まるものだ。

 古に存在したという「セイナッドの猿」は恐ろしかったが、それよりも失われた術を名前だけを手掛かりに再現してみせたステファノの創造性に脅威を覚える。


「お前は戦いが嫌いだという割に、戦いの技を器用にこなすな」


 ドリーには不思議だった。この頼りなげな少年が、なぜ王立騎士団をすら上回る戦闘力を発揮できるのか。


「相手がある戦いは……とても怖いです。怖いので、どうにかして避けたいと必死になっているだけです」

「そんなこともあるのか。それにしても、お前のやり方にはねちっこいところがあるな」


 悪口ではなく、素直な感想としてドリーはそう言った。


「霧隠れの術もそうだ。霧を出しただけでは満足できず、自らも霧をまとい気配を消すところまで徹底しないと気が済まない」

「そういうところですか? 言われないと気がつきませんね」


 ステファノの長所であり、短所でもあった。良く言えば努力家で首尾一貫している。悪く言えば粘着質で執念深い。


「一途であるのは良いことだ。だが、ほどが過ぎると味方をなくすこともある。抜けたところのある人間の方が、人望は集まるものだ」

「ああ、わかります。トーマがそんな感じですね」

「お前も性格だけなら抜けたところがあるのだがな」


 褒めているのかけなしているのか、どちらにも取れるドリーの言葉であった。


「大事な所で引き締めるのは良いが、普段はぼんやりしているくらいで丁度良い。お前を見ていると、そう思うぞ」

「自分ではわからないものですね。これから気をつけます」


 武術では自分の動きを客観視できるステファノだったが、人前での振る舞いは視野に入っていなかった。卒業後社会に出れば、今以上に人と関わることになる。

 自分が人の目にどう映るかも、考えに入れて行動する必要がある。


「魔術を覚えるよりも難しそうですね」


 ステファノは肩をすくめた。


 ◆◆◆


 学園生活2週目最後の日、土曜日の授業は「スノーデン王国史初級」から始まった。


「豪族モーリー氏がなぜ聖スノーデンを裏切ったか?」というチャレンジ・テーマに対して、ステファノは「神器」と「聖スノーデンの死因」という爆弾に触れずに論文を書き上げていた。


 博愛主義により・・・・・・・平民にまで聖教会やアカデミーなど・・の門戸を開こうとした聖スノーデンに対して、貴族制秩序を守ろうとするモーリー氏が反旗を翻したというストーリーである。

 そうした上で、ストーリーに当てはめながら掘り出した史実に光を当てる構成とした。


(論理に破綻はないと思うけれど……、ちょっとインパクトが足りないかな?)


 魔術学入門のように「実演」で耳目を引きつつ、説得力を持たせるような工夫が今回はできなかった。


(神器と聖スノーデンの死因。その中身を掘り下げて見せられれば、大きなインパクトだったろうね)


 それは王立アカデミーで扱うにはスキャンダラスすぎるテーマであった。


(神器とは、おそらく「血統」を操作する魔術具だ。原理は全く想像つかないが……)


 貴族叙爵式と疫病退散祈願に共通するテーマを、ステファノは「血統の操作」だと考えた。

 貴族には「ギフト」の因子を植えつけ、病魔からは毒性や増殖機能を奪う。


 それができるなら、まぎれもない「神器」であろう。


(いずれヨシズミ師匠と語り合ってみたいな。師匠なら神器の正体を見通せるかもしれない)


 600年進んだ科学知識を持つヨシズミであればあるいはと、ステファノは想像を逞しくした。


 王国史に関する資料は豊富に存在するせいもあって、ほとんどの生徒がチャレンジに応募していた。論文はエメッセ先生が持ち帰り、次回の講義までに結果を通知するということであった。


 ◆◆◆


 土曜2限め、神学入門のチャレンジは「神がギフトと魔力を分けた意味、そして両持ちが存在する意味」を問うものであった。


 ステファノの回答は既存の社会構造を肯定する内容であった。


 すなわち、ギフトは貴族階級の優越性を保証するものであり、魔力は平民階級が貴族階級を支えるためのものとして与えられた。


 そして、両持ちは出現確率が等しいとしても、総数においては総人口の多い平民階級に多く出現する。「視覚系」に突出して現れるその能力は魔力保持者の行動を監視する役割に適している。


 つまり、両持ちとは貴族と平民が力を合わせて社会秩序を維持する目的のために与えられた協力機構である。


(そう言っておけば「反社会的分子」に見られることはないだろう)


「君の言いたいことは大体わかりました。魔力持ちの平民が貴族を支える役割を持つという根拠を、もう少し具体的に示せますか?」


 マイスナーは説を述べたステファノに、そう質問した。


「まず、逆の状態を考えてみました」

「ほう? 逆とはどういうことですか?」

「平民が貴族と敵対する存在であったとしたら、です」


(この仮定はちょっと際どい。発言に気をつけないと)


「もし、平民が貴族と対立する存在として魔力を与えられているとしたら、なぜその発生確率はこんなに低いのでしょう? 中級魔術師は1万人に1人という確率でしか生まれません。その中級魔術師でさえ、殺傷能力は剣の一振りに劣ります」


 ステファノは用意しておいた回答を述べる。


「これでは平民が貴族に逆らうことなどできません。叩き潰されて終わることでしょう。しかし、貴族を補助し、支援する立場だと考えれば魔術師の能力はとても使い勝手の良いものとなります」


 致命傷は貴族が与えてくれる。平民魔術師がすべきことは「お膳立て」である。


 敵を引きつける。あるいは追い立てる。足止めする。惑わせる。

 要するにお貴族様が剣を振り下ろすお膳立てを作って差し上げれば良いのだ。そういう目的であれば、魔術とは実に便利な能力であった。

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