第286話 火遁炎隠れの術。

「確かにそうですね。霧隠れでも敵の背後に立てるのなら、後ろから刺せるわけですね」

「その通りだ。たかが初級魔術が殺しの術に化けることもある」


 ステファノはエバのことを思い出して、暗い気持ちになりかけた。捕らえられたとも処刑されたとも聞かないが、果たしてどうなったことか。


 無事に逃げ延びられるとは思えなかった。


(何かつらい思いをしたことがあるのか?)


 ステファノの目が苦し気に細められたのを、ドリーは見逃さなかった。


「灰一握り、一握の砂でも武器になるということだな。魔術とは奥が深い」


 ステファノの心境には気づかぬふりをして、ドリーは話を続けた。


「他に試したい術はあるか?」

「そうですね。炎隠れなら危険はないと思います。ちょっと派手ですが」

「ふん。地味だと言われて気にしたか?」


 ドリーは標的を元の位置に戻した。


「これは夜とか夕暮れに使う術だと思って下さい」

「何となくやりたいことの想像がつくな」

「もう1つ、本来は相手ではなく自分の周りに火を放ちます」

「今回はレンジ内の標的に飛ばすということだな? 良かろう」


 ステファノは標的に向かって杖を構えた。


「5番、火遁炎隠れ。任意に撃って良し!」


 ドリーは号令と共に、目を細めた。


はつ!」


 気合と共にステファノは標的に向かって杖を振るった。

 ドリーの蛇の目に杖の先からほとばしる火属性の魔力が観えた。


火蛇かじゃだ。だが……「殺意」が感じられぬ)


 標的を燃やす意思を持って飛び出したものには見えなかった。


 5メートル先、標的の足元に着弾した火蛇はぐるりと円を描いて標的を取り巻いた。


さん!」


 再びステファノが杖を振ると、とぐろを巻いた火蛇が真っ白な炎となって立ち昇った。いや、膨れ上がったと言うべきか。

 ドリーの視界一面が閃光に覆われた。


(これほどか……!)


 ドリーはステファノが目くらましの炎を使うものと予期していた。そのため目を細めて閃光に備えていたのだが、これほどの爆発的な炎が上がるとは考えていなかった。


 閃光は一瞬で収まり、後には赤や緑の残像が浮かんでいた。


「これは……、強烈な目くらましだな」

「本当ですね。目をつぶっていても目の前が真っ赤に染まりました」


 ステファノ自身は発火の瞬間に目を閉じていたらしい。本来は目を守る別手段と共に使うべき術なのであろう。遮光器か光魔術か。


「あれを自分の周りに燃やすわけか?」

「はい。複数の敵がいる時にはそうします」


 自分に集中した敵の目をくらませる術であった。


「明るさの割に、熱を感じなかったのはそのためか?」

「はい。ほんの束の間に強い光を放つ火を呼び出しました」


 原始魔術の時代には光属性の存在が確認できない。五遁でも火遁はあれど、光遁はない。

 そのために今回は火属性という縛りで、ステファノは目くらましを再構成したのであった。


 ガラスもレンズも存在しなかった時代には、「光」という現象に対する理解が今よりも浅かったせいかもしれない。


「残るは、金遁と土遁か」

「はい。金遁は雷属性と推測して『ち縄』を足止め術に応用します。金遁『金縛りの術』です」

「なるほど。正に金縛りだな」


 戦国時代の追手たちは、鎧を着て剣や槍を持っているはずである。雷を流してやるにはうってつけだ。

 感電すれば身動きは取れまい。


「最後の土遁は、やはり土魔術だと思うのですが、『山嵐』という術を考えています」

「山嵐とは風ではないのか?」


 ドリーは片眉を上げて疑問を呈した。


「遁走術ですからね。敵を混乱させるとなると、なまなかな風では……」

「それはそうか」


「ハリネズミっているじゃないですか?」

「唐突だな。それがどうした?」

「あれに似た動物でヤマアラシという奴がいます」

「聞いたことがある」


 ステファノは山嵐という術名はむしろ動物に由来しているのではないかと考えた。


 外敵に襲われると全身を覆う針を立てて威嚇し、襲われればその針を敵に刺して身を護る。


「砂利や土砂が露出した地形で、敵に向かってそういうものを土魔術で飛ばす技ではないかと思います」

「だから『山』か」


 砂利や土砂が露出しているとなると、谷や沢ということになろう。


「セイナッド城は大河を見下ろす丘の上にあったそうです」


 敵を河原に誘い込めばぶつける砂利はいくらでもあった。山とは「おか」であり、「土」のことであった。


「おそらく多敵に追われた際、狙いも定めず全方向につぶてを飛ばす術だったのでしょう」


 爆発的な勢いで小石や砂を飛ばせば、敵をひるませるには十分だ。致命傷にはなりにくいが、目つぶしの効果も期待できる。

 何よりも、「狙いを定めなくて良い」という点が遁走術として頼もしい。


 必死で逃げている場面で、しっかり狙いをつけることなどできることではない。


「確かに理にかなっているな。嫌がった敵がつけそうな術名でもある」


 山嵐のとげはかえしがあって抜けにくく、傷口から雑菌が入って膿みやすい。小石や砂利のつぶても治りにくい傷を残したことであろう。


「お前が考えた五遁の術には共通点があるな」


 ドリーがぽつりと言った。


「すべて道具を必要とせず、身一つで使える術だということだ」


 命からがら敵中を脱出するセイナッドの猿。矢が尽き、刀を失っても倒れない。

 むしろ身軽となって走り、飛び、五遁の術で相手をけん制する。


 「そんな奴らが徒党を組んでいたら、相手はたまらんぞ」


 霧の中から飛んでくる礫。そんなものを避けられるわけがない。

 武人として敵対する状況を想像し、ドリーは思わず身震いした。

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