第288話 上級魔術師を抑えるための手段は2つあると考えています。

「それでは、ステファノ。上級魔術師の存在はどう説明するのですか?」


 マイスナー先生の質問は、ステファノが予想していたものであった。


「上級魔術師は破格の存在です。かの聖スノーデンのごとく、単独で一軍を滅ぼせるほどの力があります」


 ゆえに、上級魔術師であればギフトを擁する貴族の軍を敵に回して戦うことができる。「魔術は貴族を助けるもの」というステファノ説に矛盾する存在と言えた。


「上級魔術師を抑えるための手段は2つあると考えています。1つはアーティファクトです」

「どんなアーティファクトですか?」

「上級魔術師の魔力を封じる道具です」


 教室がざわついた。

 上級魔術師とは「無敵の魔術師」であると信じられていたからだ。


「どのようにして魔力を封じるのでしょうか?」


 魔術師ではないマイスナー先生は、素朴な疑問としてステファノに問うた。


「自分は『魔力とは世界からの借り物である』と考えています。この仮説に従えば、より強い因果を借りられる者がより優秀な魔術師であるということになります」

「上級魔術師は誰よりも強い因果を借りるということですね?」

「そうです。それを可能とするのが『両持ち』の能力です」


 両持ちは「平民の間に」「知覚系のギフトとして」発現する確率が高い。

 

「魔力を知覚するギフトによって、両持ち魔術師は強い因果を見つけ出すことができるのです」


 ステファノは上級魔術師は「両持ち」から生まれると主張していた。その真偽は、おそらく王家か王立軍の幹部でなければ断言できない。世には出ていない情報であった。


「それがあなたの仮説というわけですね」

「そうです。そして件のアーティファクトは、魔術師の知覚系ギフトを阻害するものであろうと予想されます」


 ギフトを封じられた魔術師は世界から因果を借りることができない。すなわち、魔力を使えないことになる。


「正確には『強い因果』を借りることができなくなります。行き当たりばったりの因果を使うことはできるでしょうが、それでは中級以下の平凡な魔術師と同じです」

「貴族側から見れば脅威は取り除けたということですね?」

「これが1つめの対抗策です。2つめの対抗策は『勢力分散』です」


 ステファノは呼吸を整え、唇を湿らせた。

 

「上級魔術師はほかのレベルの魔術師と異なり、貴族に準ずる待遇を受けています。彼らに恩恵を施すことによって貴族社会に敵対することがないようにとの狙いがあります」


 恩給や税の免除など、上級魔術師には特権が与えられている。王制や貴族社会と対立する道を選べば、折角の特権を失うことになる。


「さらには、この特権によって上級魔術師は社会的に『どこにも属さない勢力』になっています」

「どこにも属さないとは、どういうことですか?」

「彼らは貴族ではありません。しかし、一般的な平民からは特権階級として羨望の目で見られています。つまり貴族と平民の間に挟まって、どちらにも帰属できない集団になっているのです」


 鳥なき里の蝙蝠。それが平民の中における上級魔術師であった。

 平民たちは貴族をねたむ前に、まず上級魔術師をねたむ。


 なぜなら自分たちと同じ階級にいながら、貴族に準ずる恩恵を受けているからだ。

 それはうらやましいことであり、ねたましいことでもあった。


「上級魔術師は貴族階級と一般平民との間に存在し、2つの階級が直接衝突することを防ぐ役割を果たしています」

「なるほど、上手い構造ですね。恨みは常に上級魔術師へと向かうことになっている」


 ステファノは「両持ち」に関する考察をこうまとめた。


「社会構造を安定させるために神、あるいは世界が設けた緩衝材。それが『両持ち』の正体だと考えます」

「わかりました。発表お疲れさまでした」


 ポンセは発表を終えたステファノを労った。


 ◆◆◆


 神学入門のクラスメートたちはチャレンジを見送った。元々熱心な生徒というタイプではなかったので、ステファノにとって意外なことではなかった。


 通常チャレンジの結果は講師が持ち帰って検討するものだが、今回はステファノ1人しか対象がいない。ポンセはその場で結果を言い渡した。


「合格とします」


 特に、両持ちを社会構造の緩衝材とみなした考察を高く評価するという講評であった。魔力感知を封じるアーティファクトが実在するかどうかについては、コメントされなかった。


(これ以上踏み込むべきではないということかな)


 ポンセが一切コメントしなかったことを、ステファノは深入りするなという警告と解釈した。それは無言の肯定とも取れる。


(そうだとすれば、「魔封具」が存在するという前提で対策を考えておくべきだな)


 何しろ魔力の知覚を封じられたら、ステファノは初級魔術さえ使えなくなる。ほぼ無防備と言って良い。


(イドは自分のものである以上、奪われることはない。イドによる防御をしっかり固めた上で、身を護る術を考えなくては)


 魔力に頼らない護身法についてあれこれと考えながら昼食を終え、ステファノは寮のロビーに向かった。

 今日はここで情革研のメンバーたちと集合することになっている。


 ソファーにはトーマが先に来て座っていた。


「よう、ステファノ。一昨日のあれはすごかったな」

「霧隠れの術かい?」


 トーマの向かいに腰を下ろしながら、ステファノは問い返した。


「そうそう、原始魔術だという奴。隠形五遁おんぎょうごとんの術だっけか?」

「よく覚えていたな。褒めてくれるのはうれしいが、俺には魔術の常識がないのであれ・・がどの程度のものかよくわからないんだ」


 最近は他の生徒が使う魔術を見ていない。「普通」とはどのくらいのものかわからなくなっていた。


「変わった奴だな、お前は。大体、あんなに範囲の広い術を使える奴は多くないぞ」


 魔術史の授業で、ステファノは教室全体に霧を発生させた。


「そうは言ってもただの霧だからな」

「いや、難しいらしいぞ。水魔術の得意な先輩に聞いてみたが、普通は身の回り2、3メートルが精いっぱいだそうだ」

「そうなのか? それでポンセ先生が実演を褒めてくれたのか」


 見事な隠形法だと手放しで褒められたので、随分大袈裟な褒め方をするなと不思議に思っていたのだった。

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