第137話 ブロンソン商会のローラよ、忘れないでね。

 1日めの夜は街道沿いで野営し、2日めを町の宿屋で休むことにした。2日めはステファノの希望で早めに町に入って足を休めた。プリシラたちへの土産を何か探したかったのだ。


 ヨシズミは宿屋の食堂で一杯やって時間を潰すと言ってくれた。金貨1枚を渡しておいたので、余程のことがなければ足りるだろう。

 

(呪タウンのすぐ隣で、珍しいものはないだろうけど……)


 旅の土産とはそんなものだろうと思う。帰って来たという事実の確認で良い。


(ケントクさんにはお酒だよな。皆にお茶菓子と。プリシラにはうーん……)


 町の雑貨屋で地酒の良い物がないか聞きながら、結局地元の酒造が出している火酒をケントク用の土産とした。


(ワインていう感じじゃないもんね、ケントクさんは)


 お菓子はドライフルーツにした。マンゴーが名産だと言うので。


(さて、プリシラへのお土産か……。女の子が喜びそうなものだよね)


 やっぱり身につける物が良いだろうかと、ステファノは服屋を覗いてみた。


「すみませーん。お土産用にいろいろ見せてもらって良いですか?」


 男が女物の小物をあさるのは変に思われないかと、気を張ったステファノは店の奥に声を掛けた。


「はーい。どうぞ、ご自由にー」


 返事の声は高く、子供の声に聞こえた。店番かなと奥に進んでみると、カウンターに女の子が座っていた。


「あれ?」


 見覚えのある顔は、ローラのものであった。


「まあ! ステファノじゃない!」


 ぱっと顔を明るくしたローラは店の奥に向かって声を上げた。


「テオ、テオったら! ステファノよ、ステファノが来てくれたわ!」

「えーっ! 何だって?」


 どたどたと靴音をさせて、転がるようにテオドールが飛び出して来た。クッキーでも食べていたのか、口の周りに食べかすがついている。


「本当だ! ステファノだ!」


 テオドールは飛びつくようにステファノの手を取って、上下に振り回した。


「や、やあ。こんにちは。ここは君たちのお知り合いかい?」

「あら、知らないできたの? ここがわたしたちのお婆さんのお店よ」

「ああ、そうだったのか。君たちの家は服屋さんだって言ってたね」

「そうよ。この店から独立したお父さんが呪タウンでお店を大きくしたのよ」

「そうか」


 カイトたちに連れ戻された2人は、口添えもあってきつく叱られることはなかったらしい。その後日を改めて、昨日からこの町へ来たのだと言う。


「お婆さんはお元気かい?」

「うん。もう歩けるようになったんだよ!」


 テオドールが自慢げに返事をした。


「それは良かったね。ローラはお店番?」

「そうよ。お婆さんの代わりにお客さんのお相手をしてるの」

「へえ。それはすごいね。じゃあ、ローラにお土産のことを相談しようかな」

「何かしら? お土産を考えれば良いの?」


 ステファノはプリシラのことを説明し、心配を掛けたので何かお礼の品を買いたいのだと告げた。


「ふ~ん。それは責任重大ね。プリシラさんて、どんな人?」

「えーと、赤毛のポニーテールで、目が大きくて、身長は……これくらいかな?」

「ふむふむ。職業はメイドさんよね? じゃあ、昼間はお仕着せ? 服に合わせる物はダメね……」


 腕を組んで必死に考え込んでいたローラであったが、急にパッと顔を上げた。


「ポニーテール!」


 ぱちんと指を鳴らすと、ステファノにウインクをして言った。


「ついて来て、ステファノ」

「う、うん」

 

 服屋での買い物など勝手がわからないステファノは、すっかりローラのペースに巻き込まれてしまった。


 ローラは飾り棚の前まですいすい進むと、両手を広げてポーズを取った。


「じゃーん!」


 ステファノは意味がわからず、目をしばたいた。


「もう、張り合いがないわね! これ! リボンよ」


 ローラが示したのは、きれいな箱に入った金のリボンだった。


「どう? これならきっと赤毛に映えるわ。ポニーテールにピッタリよ!」


 なるほど。髪を縛るリボンなら仕事中でも身につけられる。金色は赤毛に似合いそうであった。


「うん。さすが女の子だね。お土産にピッタリだ。これにするよ」

「チッチッチ! ステファノ、違うわよ。男も女も関係ないの。これは商売人としてのセンスが物を言う場面なのよ」


 ローラは腰に手を当てて、ステファノに物申した。なるほど、確かに一端の商売人だ。


「ごめん。ローラの言う通りだね。君の目利きに従うよ」

「それで結構よ。それじゃ、このリボンはわたしからのお礼にさせてもらうわ」

「えっ?」

「お代は結構ですから、彼女さんに持って行って上げて」

「それは悪いよ!」


 値札には「銀貨3枚」とあった。お金持ちの娘とはいえ子供からもらうには高すぎる。


「だーかーら! わたしに恥をかかせないで。これでも商売人の娘よ。きちんと受けた恩のお礼がしたいの」

「んーっ!」


 横からテオドールがローラの服を引っ張った。


「僕だって……商売人の息子だい」


 テオドールは自分の口に手を添えて、ローラの耳元に何やら囁いた。ローラは目を丸くしたが、表情を柔らかくして弟に頷いた。


「これはわたしたち姉弟・・・・・・・からのお礼よ。2人でお金を出し合うの。だから、ステファノ、受け取ってちょうだい」


 そこまで言われてはステファノに断る言葉は思いつかなかった。


「ありがとう。喜んで受け取るよ」

「そうよ! それで良いのよ。……でも、彼女さんには自分で買ったって言ってね。もらったなんて言っちゃだめよ、絶対に!」

「あ、ああ。そうするよ」


 ローラの圧力にたじたじとなるステファノであった。


「それで、ステファノの用事は終わったの?」


 ローラは品物を包装紙に包みながら尋ねた。


「うん。思ってた形と違ったけど、結果は上手く行ったみたいだよ」

「それは良かったわね。わたしたちのせいで用事の邪魔をしてしまったんじゃないかって心配だったの」


 ローラはほっと溜息をついた。


「心配してくれてありがとう。用事が全部済んだので呪タウンに戻るところさ」

「本当なのね。呪タウンに戻ったら、いつかお店に来てね。ブロンソン商会よ、忘れないで」

「ブロンソン商会さんだね。いつか行かせてもらうよ。それじゃあ、またね。ローラ、テオドール」


「またねぇーっ!」


 千切れんばかりに手を振るテオドール、そしてローラに手を振ってこたえると、ステファノは服飾店を後にした。


 プリシラへの土産を探すのにもっと苦労すると思ったが、ローラのお陰で思いのほか早く買い物が済んだ。

 急いで帰ったところでヨシズミは息抜き中だ。酒の相手をできないステファノが帰りを急ぐ必要はあるまい。


(たまにはのんびり息抜きするのも良いかもね)


 そう考えたステファノは、町の中央にある公園にやって来た。といっても「軍隊が駐留できる広場」というものなので、だだっ広いだけで殺風景である。

 周辺に立っている木々の木陰に腰を下ろして休憩することにした。


 8月の下旬。日陰に入ればそこそこ過ごしやすくなって来た。ゆっくり動く雲を眺めていたら眠気を覚えたステファノは、怠けついでに昼寝をすることにした。

 背嚢を枕にごろりと横になる。草の香りが心地よい。


 目を閉じるといつもの瞑想を想い出す。今は眠いからやらないが……。

 魔法を修行するのは良いのだが、身につけた魔法を何の役に立てるべきか。その問いはずっと頭の中にあった。


 ネルソンさんみたいに病人を癒すことはできないしなあ。料理の道は才能が足りないし、軍に入る覚悟はない。水を出したり、氷を作ることはできそうだが……。


 がさっ。


 枕にしていた背嚢を乱暴に引っ張られて、ステファノは目を覚ました。考え事をしながら眠りに落ちていたようだ。


「あれっ?」


 遠ざかろうとする背嚢を咄嗟に手で押さえながら、ステファノは体を起こした。

 汚い身形の男が背嚢を掴んで引っ張ろうとしていた。泥棒か?


「手を放して下さい。何か用ですか?」

「そっちが放せ! 荷物を寄越せ!」

「止めろ!」


 素早く立ち上がりながら、なおも荷物を奪おうとする男の手を右足で踏みつけた。男の手を振り切ったところで、背嚢を背負う。これでいつでも走り出せる。


「痛え! 畜生。渡さねえと殺すぞ!」


 男はポケットからナイフを取り出して、ステファノを脅した。自然とステファノは腰を落とし、呼吸を整える。瞬時に「型」に入り、イドを体に纏う。

 ステファノの雰囲気が変わったことに気づいたのか、男は一瞬躊躇したが、顔を歪めてステファノに掴み掛かって来た。


(散りぬるを~)


 ステファノの眼には男が体に込めた力の大きさ、起点、方向が「色」として観えた。「力」は「運動」であり「熱」であった。橙色のイデアが男の体を彩る。

 掴んで来る男の左手をステファノの両手が包む。イドの盾がさらに外側から絡みついた。


 脚運びで体を入れ替えながら、ステファノは男の左手を何もない空間に引き出していく。体重移動の先を取られた男は左足を踏み出さないと立っていられない。思わず一歩、足を浮かせたところで世界が回転した。


(ん~)


 土のイデア、引力を回転方向にほんの気持ち足してやると、大地を離れた男は波がしらのように崩れて吹き飛んだ。衝撃で手を離れたナイフがあらぬ方向に転がって行った。

 道場ではない地面である。受け身も取らずに背中から落ちた男は、息が詰まって動けなくなった。


 男が倒れた後も構えを取っていたステファノは、それ以上男が立ち上がらないことを見届けてその場を立ち去ろうと後ずさった。


「ま、待ってくれ!」


 男は草を掴んで、這い寄ろうとしていた。

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