第136話 虹の7色は7色に非ず。

「たかだか3日で随分と工夫したもンだナ」


 午後の修業を見に来たヨシズミにその日の仕上げをステファノは披露した。

 特に両掌にイドの盾を纏う工夫に、ヨシズミは感心してくれた。


「思い切りがいいナ。無理して盾を使いこなそうとするよりも、失敗が少ねェかもしんねェ」


「縄」を武器として魔法と組み合わせたいと言うと、それも反対せずに後押ししてくれた。


「何事も無理は良くねェ。人殺しなんかしねェで済むなら、しねェ方がナンボかましだッペ」


 雷魔法については助言を与えてくれた。


「雷はヨ。猫やタヌキの毛を撫でた時に火花が飛ぶのとおんなじなんだァ。たちの違う物同士を擦り合わせたら雷気が起こンだァ。雲の中でもそういうことが起きるんだッペ。

「縄と雷さ組み合わせるんなら、縄に雷気を通しやすくする工夫サしてやるといいナ。え、何? 学者先生サマに聞いてみるッテ? それがいかッペ」

 

 護身の術として雷魔法が有効だということも教えてくれた。


「何しろ、相手は武器を持ってッペ? 剣だの槍だのサァ。 鎧を着てる奴もいッペカ? そんな奴には雷気が良く通るんだァ」

「そうか。丸腰にも良いところがあるんですね」


 マルチェルの弟子を名乗るのにふさわしい術ではないかと、ステファノは喜んだ。


 昨日からステファノは、マルチェル式の「型」に加えて「套路とうろ」も鍛錬に組み入れている。イドを練り、魔法を編むのに「套路」のゆったりとした動きとリズムがふさわしいと感じたからだ。


 套路の動きは一度見ただけであったが、ステファノの映像記憶フォトグラフィックメモリーに刻まれていた。ありがたいことに、套路の動きの本質はすべて「型」の中に込められていた。


 型を我がものとしたステファノは套路の「意」を知っていた。記憶の中の「形」とイドの中の「意」が出会う時、ステファノは套路を練ることができた。


 イドを練りながら套路を練る。ステファノは意と形、心と身の合一を目指す。


「払う」心ではイドは柔らかく流れ、「撃つ」心では硬く結ぶ。「受ける」心では静かに吸収し、「投げる」心では激しく旋回する。


 イドと体はひとつであり、同じ意を汲んでいた。己の体は動かそうと思った時に自ら動いている。

 イドもこれと変わらず、「命ずる」相手ではなかった。


「思うところを為す」


 赤子でさえ疑うことなく行っていることを、無心に行うのみであった。


 ステファノは「思い通りに動くこと」がこれほど楽しいこととは知らなかった。

 3日めの夕日が山の影に隠れるまで、ステファノは套路を飽くことなく繰り返した。


 ◆◆◆


 ヨシズミの荷造りには1時間も必要なかった。生活用品と若干の着替えを木箱に納めて背負子に縛りつければそれで終わりであった。


「またここサ来ることもあッかナ?」


 夜明け前、住み慣れた洞窟の入り口をひと撫でしてヨシズミは感懐を漏らした。


「呪タウンサ行くのは随分と久しぶりだ。おめェについて行くンデよろしく頼むワ」


 サポリの町には時々出て来て、日雇いの仕事をしたり買い物をしたりしていたが、緑茶の買いつけ以外でよその土地に足を向けるのは数年ぶりだそうだ。


「いろいろと様子が変わったッペナ」


 ヨシズミの声からは懐かしさと共に、若干の不安も滲み出ていた。


「今は戦争がないので、昔と比べると世の中が落ちついたと聞いています」


 ステファノは以前年寄り連中から聞いたことを伝えた。


「そッケ。戦がねェのはいいことだナ」


 短い言葉であったが、ヨシズミの真情が漂っていた。


「どれ、出発すッカ?」


 2人は肩を並べて里への道を歩き出した。何も言わなくとも、イドの鎧を纏っている。2人にとってそれは、上着1枚を羽織るのと同じことであった。


「師匠。師匠が観るイデアの光に色はありますか?」


 ステファノは以前ネルソンたちと語り合った「魔力の色」について、ヨシズミに尋ねてみた。


「色? いやァ、俺にはみんな白く光って見えるなァ。光の強弱はあッけどヨ?」

「そうですか。自分には虹の7色に見えるんです」

「へェー、そッケ? そりゃァ賑やかなこッたナ?」


 イドの灯が「始原の光」である「赤」を示し、火のイデアが「橙」、雷が「黄」、水が「緑」、土が「青」、風が「藍」、光が「紫」を示していることを、ステファノはヨシズミに説明した。


「学者のドイル先生によるとそれは俺のギフトが見せるビジョンなのではないかと」

「なるほどナ。理屈に適って理解しやすいんだッペ。イデアを属性で分類して、目的に合わせて選択するには都合が良いビジョンだナ」

「現実そのものではないかもしれないんですね?」


 まあなと、ヨシズミは頷いた。


「虹の7色も人がそう感じるだけだ。光のある範囲を赤と感じ、緑と感じる。実際には色の区切りなどない。『人の目にそう見える』というだけだ」

「イデアの7色も、『俺の眼にそう観える』だけなんですね」

「そう思っておいた方が良い」


 ヨシズミは頭を掻いて言った。


「あのなァ。赤と紫の外側にも光はあッからナ?」

「えっ? 他にも色があるんですか?」

「色はねェ。目には見えねェ光ダ」


 ステファノは戸惑った。光が見えないとはどういうことか。


「あんナ? 犬笛ッて知ってッケ? ありャ人の耳には聞こえねェが、犬の耳にはよッく聞こえンだァ」

「それは……猟師がそういう笛を使うと聞いたことがあります」

「それだァ。それと一緒。光にも人の目に見えねェものがあンのサ」

「知りませんでした」

 

 ステファノが素直に認めると、ヨシズミは困ったように頷いた。


「知らなくて当り前だッペ。こっちの世界じゃ知ってる人がいめェヨ。したッケ、おめェはそそっかしいからそういうことも知ッといた方がいいと思ッてナ?」

「はい」


「赤の外には熱をよく伝える光がある。火のイデアならそれが一番強かッペ」

「赤ではないんですね。更にそれよりも強い光……」

「そうだナ。おてんとさまの温かさ、炭火の熱さ。そういう類のもンダ」

「ああ、そうか!」

「もちろん人の体からも出ている」


 目に見えない光が人の体から……。


「うん。イドの観相を訓練すれば、闇夜でも人をはっきり見分けることができるようになる」

「イドにはそんな使い方もあるんですね」

 

「それが正しい使い方なのだ。魔法とはイデアの法則である。我ら魔法師は魔法を知り、魔法に従うことで『まじ』を為す。法を失った力を『外法げほう』と呼び、我らは遠ざけねばならない」


 力だけを求めればやがて外法に落ちる。そうヨシズミは戒めた。


「よくわかりました」


 ステファノはヨシズミの言葉を心に刻んだ。


「そして『紫の外』だがな……」

「もう一方の見えない光ですね」

「これは人に毒となる働きが多い。生き物が当たるには強すぎる光なのだ」

「毒の光ですか?」

「幸いにして天から地上に至る間にほとんどが吸収され、我々には届かない。法を究めれば使い道もあるのだが……この世界では無用の長物である。お前は使わぬように」

「もちろんです」


 そのような毒を与える術を覚えたいとは思わなかった。ステファノは「紫の外」を禁術として意識から外した。


 イドの鎧を纏うことで2人の体力は増強されていた。一歩ごとに足の働きをイドが助け、地面を強く蹴り出すことができる。談笑しながら走る速さで街道を進むことができた。


 その日の昼にはサポリの町を一望する峠の頂上に達していた。木陰に腰を下ろし、ステファノが持参した保存食で昼食を摂る。


 途中で見た山肌の傷跡(ステファノの土魔法による被害)については、ヨシズミに小言を食らった。


「こんな因果があるわけあんめェ。小石が大地分の力を溜める道理がねぇ。頭出せ、このごじゃらっぺが!」


 ぽかりと殴られたが、ステファノは叱られて逆にほっとした。


「叱ってもらえるのはありがたいことだと、初めて知りました」

「そりャ年寄りの務めだからヨ。おめェの親御さんも叱ってくれたッペ」

「はい。それはもうたくさん」

「はははは。それはいかッた」


 バンスの拳骨を懐かしむ日が来るとは、今日の今日までステファノは想いもしなかった。

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