第99話 血統とは『ギフト』の因子である。

「修道院に集まるのはほとんどが平民でした。わたしのような孤児も含めて」


 淡々と、マルチェルはその頃について語り出した。


「瞑想の目的は心の安定を得ることと、神という存在に近づくことです。しかし、修行僧の中には瞑想を通じてギフトに目覚める者がいたのです」

「瞑想でギフトが得られるのですか?」

「多くはありません。それでも100人に一人、一般人から初級魔術師が現れる程度には『ギフト持ち』が発生するようです」


 ギフトには当たり外れがあると言う。


 外れを引いた貴族の子弟は、「役立たず」の烙印を押され家を追われることもあった。完全な縁切りは稀であり、ネルソンのように実家から支援を受けている者がほとんどであったが、外見的には「勘当」であり家名を名乗ることもできなくなる。

 体面を重んじる貴族にとっては十分に重いペナルティであった。


 当たりを引けば……。


「自分で言うのも何ですが、わたしはギフトに恵まれて『鉄壁』の名を頂くまでになりました」

「マルチェルさんも……」

「わたしのギフトは『邯鄲かんたんの夢』と言います」

「変わった響きの言葉ですね」

「言葉の由来はわたしにもわかりません。遥か東の国の故事ではないかとケントクが言っていましたが。このギフトを用いると、わたしは時の流れを引き延ばすことができます」


 マルチェルのそれは、ギフトの中でも珍しい物のようであった。ギフト使用中、マルチェルの意識は引き延ばされた「時」の中にいる。1秒が10秒にも感じられるのだ。

 しかし、体の動きには影響がない。


 石が落ちる速度も、己が手を伸ばす速度も等しく遅くなる。ぬかるみの中に捕らわれたような無力感の中で、意識だけが10倍の速度で世界を認識する。


「わたしは加速された意識の中で最適の動きを選択できるよう、体と技を鍛えました。それはギフトを使わない場合でも通じる鍛錬であり、わたしは『速さ』ではない『早さ』を手に入れることができました」


 マルチェルのギフトは最速での世界認識を可能にし、肉体の最適な制御を促す物であった。


「ギフトに当り外れありと言いますが、最も重要なのは使い方なのです。修道院はそれを教えてくれる場所でした」


「お前は魔力を感じる素質があると聞きました。ならば器用なお前のことです。習いさえすれば最低限の魔法は習得できるでしょう。そこから上の世界に進めるかは魔力の量次第と言われています」

「はい。ガル老師にも言われました」


「だが、それは本当に魔力量が決めることなのでしょうか? わたしには疑問があるのです。現にガル師はギフトを持つことで上級魔術師に至った例として存在します」

「魔力量ではなく、あるいは魔力量だけ・・ではなくギフトが魔術のクラスを左右すると?」

「その可能性があります」


 もしそれが本当なら、ガル師が貴族階級を嫌う理由がわかる。驚くほどの幸運で自分に現れたギフトが貴族にとっては珍しくもない当たり前・・・・の物であるとしたら。


「もしそうなら、貴族とはガル師の存在をおとしめる物と言うことができます」


 実際にそういう扱いをされたのだろう。お前などは単なる「生まれそこない」だと。貴族の崇高な血統とは違うのだと。


「瞑想を通じてギフトに恵まれれば、自分にも強い魔術が使える可能性があるということですか?」

「可能性はあります。お前にはギフト持ちに共通する気配のようなものがあります」

「それは私も感じたことだ、ステファノ。私のギフトはそういう物に敏感なのだ」

「旦那様のギフト……」


 本来ギフトとは「神と人との間の契約」であり、家族や主従の間以外では明かすべきものではない。マルチェルに続きネルソンまで己のギフトについて語ったのは、ステファノを「身内」として扱うという最大の意思表示でもあった。


「わがギフトは『テミスの秤』と言う。テミスとは正義の下に審判を下す女神のことらしいが、この国には伝わっていない。西方の女神らしい」

「正義の審判……」

「私の場合は正義ではなく、『目的のために役立つ人や道具が輝いて見える』という現れ方をする。ギフトの中でも変わり種らしい」


 いわゆるアクティブスキルであることが多いギフトの中で、『テミスの秤』は事例の少ないパッシブスキルであった。

 その効果は自動的で意思によってコントロールすることができない。


 ただし、対象について知れば知るほど放つ光は強くなり、色を濃くする。目に見える光の強さ、色の印象により、ネルソンは対象が自分にとってどんな意味を持つかを判断することができるのだ。


「使いどころと解釈が難しいギフトでな。若い頃には十分生かすことができなかった。すべての人は薬学の実験台として役立つとしか見えていなかったくらいだ」


 俗世間との交わりを立ち、ネルソンは薬種と深く向き合う月日を過ごした。「テミスの秤」が与える鑑識眼によって、ネルソンは抗菌剤をはじめとする数々の薬品を開発することができたのだ。まさに研究者向きのギフトであった。


「お前を王子の側仕えにと起用したのは、『テミスの秤』が働いたからなのだ。商会でお前の話を聞いた時、私の眼はお前の体から発する光を確かにた」


 それがあってこそ、どこの誰とも知れぬ飯屋のせがれを商会に雇い入れ、あまつさえ王子の側近くに控えさせようと決断できたのだ。


「どうもな。ギフト持ちはギフト持ちを引き寄せるようなのだ。磁石のような目に見えぬ力が働いているのかもしれん」


 貴族の中にいてはそれはわからない。周り中にギフト持ちが溢れているのであるから。

 俗世にまみれて初めて実感したことであった。


「自分にそんな不思議な力があるでしょうか?」


「それを確かめる方法があります」


 マルチェルが話の行方を静かに引き戻した。

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