第98話 『ギフト』というものがあります。

「本当に良いのでしょうか? 俺のような者で」

「実を言うとな。この話には裏があるのだ」

「裏?」


 アカデミーで潜入捜査でもさせようというのであろうか? そんな生臭い場所とは思わなかったステファノは、ネルソンの言葉の意味がわからなかった。


「実はジュリアーノ殿下が入学されるはずだったのだ」

「殿下がですか?」

「そうだ。政治学科で国家経営論を学ばれる予定だった」

「それでまじタウンに滞在されていたのですか?」


 王子が入学するとなれば、お近づきになりたい貴族子弟が騒ぎ出す。我も我もと中身が伴わない輩が願書を出して来ることが、予想された。


「目立たぬように『観光』という体裁でお忍び頂いたのだ。まさかそれが暗殺の危機を招くとは思いもしなかった」

「殿下は入学を取りやめたのですか?」

「婚礼の儀があるからな。妃殿下を置き去りにして学業三昧というわけにはいくまい」


 たとえ本人同士が納得したとしても、公国に対して礼を失することになる。

 それはできない。


「なのでな。アカデミーに押さえてもらっていた『入学枠』が1つ空いたのだ」


 そこに平民のステファノを押し込もうというのだった。


「目立ちませんか?」

「裏の事情は学長ともう2人しか知らん。政治学科の学科長と魔術学科の学科長だ」


 政治学科の方は予定が中止になったというだけだが、魔術学科の方はややこしい。本来存在しなかった「枠」を1つ作り出す必要があった。


「学科長はマリアンヌという女性でな。35歳の若さでその地位にあることからわかるように、相当なやり手らしい」

「やはりふつうは相当高齢者が就く地位なんですね?」

「そうだ。彼女は中級魔術師の中でも魔力量の豊富さが有名で、『最も上級に近い中級』と呼ばれている」

「そんなすごい人のところに魔術の素養がない自分が行って、大丈夫でしょうか?」


 ステファノは魔術界(そういう物があるかどうかさえ知らないが)のことなど何も知らない。しかも平民だ。

 大きな顔をして特別枠入学などしたら、反感を買うのではないかと心配した。


「うん。大丈夫ではないが、大丈夫だと思っている」


 ネルソンは謎かけのような言葉を口にした。


「大丈夫に聞こえませんが……」

「大丈夫と言いきれないのは、マリアンヌが徹底した実力主義者だからだ。魔術の素養のない者には厳しく接するだろう」

「全然大丈夫じゃない……」


「大丈夫だと思うのは、彼女が実力主義者だからだ」

「え? どういうことでしょう?」

「お前はお前であればよい。他の誰でもなく、な」


「それで通用するでしょうか……」


 ステファノの不安は拭えない。知らないものに対して不安を覚えるのは、防御本能と言っても良い根深い心理だ。


「それだけでは不安であろうと思ってな。奥の手を用意した。マルチェル」


「はい。――ここからはわたしが説明しましょう」


 奥の手とやらにはマルチェルが関係しているらしい。


「ステファノ。わたしが修道院に預けられていたことは話しましたね」

「はい。そこで武術の修業をしたと」

「その通りです。が、修道院は武術道場とは違います。神に仕える日々でもあったのです」


 スノーデン王国の宗教界は寛容であった。人は己の信じる神を持つことができた。一神教徒であっても他の神を否定せず、お互いの信ずる道を尊重し合う文化が根づいていた。


 マルチェルが所属した修道院も例外ではなかった。元々半分は武術道場のような存在でもあり、「神」には人格は無く、世界を統べる超越的存在であるとだけ教えていた。


「神への感謝は日常の一部でした」


 祈りを捧げ、瞑想法を学んだ。

 瞑想法は武術の精神面を支える基本でもあった。


「わたしは尊師の印可いんかを得ましたので、瞑想法を他人に授けることが許されています」

「瞑想法ですか?」


 ステファノは宗教とは縁が無かった。庶民は日々の暮らしで精一杯なのだ。


「『ギフト』というものがあります」


 マルチェルの声が変わった。内容がわからなくとも、重大な内容なのだとわかる口調に改まった。


「『ギフト』ですか?」

「貴族社会でしか語られないことなので、平民のお前は知らなくて当然です」

「お貴族様の物ですか」


 ならば自分には縁がないなと、ステファノはあっさりと考えた。

 それほどに、この世界では貴族と平民の格差は大きい。


「そもそも貴族が貴族たる所以。その力の源が『ギフト』なのです」

「力の源……」


「貴族の子女が成長し10歳を迎えると、『祝福の儀』という儀式を受けます。そこで神の恩寵である『ギフト』を授かるのです」

 

 多くは戦闘に役立つ能力であったり、生産に役立つ力であった。


「ギフトを身につけ使いこなせれば、常人を超えた能力を発揮することができます。歴史に名を遺す英傑は、すべてギフト持ちであったと言われているのです」

「平民に授かることは無いのですか?」


 素朴な疑問をステファノは抱いた。「神」は身分で差別をつけるのだろうか?


「血統の問題だと言われています。ギフトを備えるべき因子を親のどちらかが有しているかどうか。それによってギフトが発現する確率が大きく変わります」

「それじゃあ平民には無理ですね」


 血が混じることなどありえない。貴族の血統とはそうやって守って来たのかと、ステファノはむしろ納得した。


「だが、平民であっても稀にギフトを得る者がいます。たとえばガル老師がそうです」

「ああ、それで……」


 平民でありながら貴族の特権であるギフトを持つ。それも「特大」の物を。


「それで貴族から反感を買ったんですね」

「察しが良いですね。そのようです。随分と叩かれて、すっかり貴族嫌いになったと聞きます」

「俺はもう17ですから、ギフトが目覚める気づかいはないでしょう」


 ステファノはさばさばしたものだった。自分に関わりのない世界には、感情が動かない性質であった。


「それがそうとも限らないのです」


 マルチェルの答えは、ステファノの予想しないものであった。

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