第77話 ソフィアの願い。ネルソンの悲願。
「わたしは命を拾っただけではなく、お嬢様に人として生きる道を与えて頂きました。それが無ければ、どこかの路傍で野垂れ死んでいたことでしょう」
ソフィアの希望により、マルチェルは護衛騎士の職を与えられた。一体自分のどこが気に入ったのかと、マルチェルは不思議に思ったものだ。
自分を人として扱ってくれたソフィアに、マルチェルも「人」として接した。打算も忖度もない振る舞いが、お互いに信頼を生んだ。
それだけのことであったが、奇跡のようなタイミングで結ばれた絆であった。
商会へと向かう馬車の中で、マルチェルはソフィアと自分との出会いについてステファノに語り終えた。
「わたしはお嬢様づきの護衛をしていたのですが、旦那様がアカデミーに入学される際、そちらの護衛に回ることになったのです」
ソフィアの強い願いであった。
◆◆◆
「アカデミーに行かれるお兄様を守って差し上げて。わたくしのお願いです」
「ミ・レディ」
兄弟の中でソフィアはネルソンに最も懐いていた。歳が近かったせいもあったが、やはり自分のことを子ども扱いしないネルソンの性格に惹かれたのであろう。
長兄のデズモンドのことも嫌いではなかったが、真面目過ぎて近寄り難かった。
「デズモンド兄さまはやがてギルモア家を継いで、立派な侯爵になられるでしょう。でも、ネル兄さまはいつかこの国を支える働きをなさるわ。あなたはその力となりなさい」
ソフィアは確信を持って言った。
「ミ・レディ。お困りのことがあれば、いつでもお呼び下さい。『鉄壁』は常にお側に」
「そうね。あなたは
◆◆◆
「ソフィア様のお言葉通り、旦那様は王家と王国民に幸せをもたらす新薬を開発して来られました。その間、各種薬剤の精製方法に改良を施し、その内容を公開されてもいます」
ドイルの献策を生かし、巨万の富をもたらしたであろう数々の技術をネルソンは惜しげもなく万人に解放した。
その結果製薬コストが下がるとともに薬の供給量が増え、王国の薬価は著しく下がった。
今では薬が買えないばかりに命を落とすという庶民の不幸は、遠い昔話になりつつあった。
「店に来る爺さんたちが昔は大変だったって言ってたけど……。本当のことだったんですね」
「そうです。お前の親の世代まで、薬は庶民の物ではありませんでした」
「旦那様は本当に世の中のあり方を変えたのですね。マルチェルさんとたった2人で」
目の前で王女を死なせてから30年。ここまでのことを為した。
それでもまだ途中なのだ。人の世の仕組みとは、何と重たいものか。
「薬を以て
それは命を懸けた生涯の目標に唾を吐きかける行為に他ならない。
「まずは怪しい口入屋を見張ります。お前の目を再び貸して下さい」
マルチェル1人では見張れる範囲が限られる。
ステファノの観察力に期待する意味も込められていた。
「勿論です。何を見張れば良いですか?」
「館の騒ぎを聞いて、敵は毒殺が成功したと思うでしょう。ソフィア様は明日にも王都に向けて旅立たれます。それを見れば、殿下が亡くなられたと解釈するはずです」
王子の命がつながっている限り、側仕えのソフィアが館を離れる訳がない。王都に向けて動いたということは、死去の知らせを届けに向かうものとみるに違いないのだ。
「敵は毒殺成功の報告をするに違いありません。その時は事情を知る中心人物が動くでしょう。口入屋の店主が外に出向くか、それとも依頼人がやって来るか……」
おそらくは前者であろうと、マルチェルは言う。
「店主が外出する際は、わたしが尾行します。お前には店に立ち寄る怪しい人間を見張ってほしいのです」
店主が出掛け、マルチェルが現場を離れている間に、万一依頼人が訪れても見逃すことが無いように。
「金持ち、貴族、手下を連れた裏稼業……。本来口入屋などに足を運ぶ訳がない人間に目を光らせて下さい」
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