第10話 野営。

「盗賊なんてそうそう食っていけるもんかよ」


 馬車から馬を外しながら、ダールが言う。


「この馬車を襲うとするか? 大人だけでも男6人いるぜ」

「俺も大人の内ですか?」

「そこはどうでもいいだろ? 1人や2人の人数じゃ馬車は襲えねえ」

「はい」

「だがよ、大人数を集めちまったらすぐに食い詰めるぜ」


 毎日追い剥ぎができる訳ではない。人数が多ければそれだけ生活費も掛かる。


「せいぜい4、5人が関の山だ」

「それじゃ返り討ちが怖くて、馬車を襲うのは無理ですね」

「そういうことだぜ。歩きの旅人を狙おうったって、大金を持ち歩く奴なんかいるもんか」

「金があるなら馬車に乗りますね」

「結局まともには成り立たねえんだ。盗賊なんてのは小さな村を襲って、食い物を奪って逃げるような連中のことさ」


 逃げ場のない村人が、盗賊の食い物にされる。


「卑怯な奴らですね」


 馬に水を与えながらステファノは腹を立てた。


「けっ! 盗賊にまともな奴がいるもんかよ。ろくでなしのツマハジキさ」


 そう言い捨てると、ダールは客の所へ行き野営用の荷物降ろしを手伝った。


 その間にステファノは自分達の荷物を降ろし、野営の拠点を作り始めた。石組みのかまどの周りを片付けた所にダールが客を連れて来た。


「銘々に竈を囲んで陣取ってくだせえ。すぐに夕飯の支度をしやすんで」

「ダールさん、俺はたきぎを拾って来ます」

「おう、すまねえな」

「ならば俺も行こう」


 剣士のクリードが同行を申し出た。


「明るい内から野盗も出んだろうが、獣がいないとも限らんからな」

「クリードさん、すみません」

「気にするな。2人で拾った方が早く終わろう」


 ステファノはクリードを引き連れて、草むらの奥へ進んで行った。


 薪はすぐに2抱え程も集まった。ステファノは腰の物入れからロープを取り出し、薪を手早く束ねて担げるようにした。クリードと分け合って、更に先へ進む。


「ステファノ、薪はまだ足らんのか?」

「ちょっと目当ての物があって……」


 そう言うと、1本の木に近付いた。


「ああ、見つけました」

「何がある?」

「これです」


 ステファノが指し示したのは幹に巻き付いたツルであった。


「何だ? ツタか?」


 葉が枯れてしまっていて、何の植物だか見分けが付かない。


「山芋です。スープの具になればと思って」


 ステファノは木の根元にしゃがみ込んで、地面を掘り始めた。慣れた手付きで土を取り除いていく。


「良し! まあまあですね」


 15分程でステファノは山芋を掘り出した。


「へへ。7人いるから2、3切れずつかな」


 ステファノは大切そうに山芋を腰にぶら下げた。


「さ、帰りましょう」


 野営地に戻ると、既に毛布や帆布を敷いて夫々の寝床ができ上がっていた。


「ダールさん、戻りました」

「おう。遅かったな――ああ、そいつを掘ってたのか?」


 目敏く腰の山芋を見付けて、ダールが言う。

 

「はい。すぐスープを作ります」


 ステファノが火起こしを始める一方で、クリードは自分の寝床を用意した。毛布を広げるだけの簡単なものだったが。


 ひうち金と火打石を打合せて、ステファノは火種を起こした。火種ができたら、枯れ草から小枝へと火を大きくする。やがて薪に火が燃え移った。

 大鍋でベーコンを軽く炒めたところに根毛を焼いて輪切にした山芋を加える。煮崩れしにくいように、切り口をベーコンの油で炒めた。


「水はそこの革袋のを使え」


 ベーコンの芳ばしい香りが、食欲をそそる。後は水を加えてしばらく煮込むだけだ。


「そいつは何だ?」


 ベーコンと一緒に炒めていた物を見とがめて、ダールが尋ねた。


「野草と一緒に見付けてきたハーブです。肉と合うんですよ」

「芸が細けえな」


 水を加えてしばらく煮込んだところで、ステファノは鍋に千切った野草を放り込んだ。


「後は1分蒸らすだけですから、すぐに食べられますよ」


 声を掛けなくとも、香りに惹かれて客は皆鍋の周りに集まっていた。


「1つずつ黒パンをどうぞ」


 カチカチのパンを手渡しながら、夫々の皿にスープを装ってやればステファノの仕事は終わりだ。客達が食事を始めた傍らで自分の寝床をしつらえた。

 

 冷めたスープで黒パンを喉に流し込む。ステファノは一番先に食事を終えた。

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