第11話 旅の夜長。

 ステファノにとって、7人分の料理等何ということはなかった。小さいとはいえ飯屋の仕込みを毎日手伝ってきたのだ。

 朝食用に残した鍋を馬車に仕舞い、焚き火をいじってやったらもうすることはない。せいぜい火の番くらいだ。前半がステファノ、後半がダールの当番となった。


 早々に毛布を被って寝に入ったダールと離れて、ステファノは野営地の周りを見回った。まだ、黄昏たそがれ時で物は見える。しかし、特に見るものもなく、ステファノは自分の寝床に戻った。


 ダール以外はまだ寝ようとする者はおらず、銘々に時を過ごしていた。


「そうではない。もう少し横を強く圧すんじゃ!」


 魔術師だというガル師がうつぶせになって小僧さんに腰を揉ませていた。どうやら揉み方が気に入らないらしい。


「俺がやってみましょうか。親父に揉まされて慣れてるんで」

「ふむ。折角じゃ、やってもらおう」


 手拭いで手を拭くと、ステファノはガル師の腰を揉み始めた。ダールの時よりは少し軽目にして置く。


「何やら手加減をしておらんか? 遠慮なく、ぐいっとやってくれ!」

「そうですか? じゃあ、もう少し強めで」


 筋肉の隙間に指を入れるようにして、固まった部分を解し、伸ばして行く。


「おお、そうじゃ。遠慮するなよ。うぅー」


 気持ち良いのか、痛いのか、くぐもった声を出していたガル師だったが、5分もするとぐったりと脱力し、寝息を立て始めた。


「寝ちゃいましたか? 揉まれ慣れてるのかな? 他も疲れてそうなんで、もう少し揉んどきましょう」


 小僧さんに目配せしながら、ステファノは肩やふくはぎ、股関節などを入念に解しておいた。


「本当は温泉に入ってから揉むと、効果が高いそうですよ。俺はまだ入ったことないけど」

「ありがとうございます。助かりました。いつもマッサージが大変で」


 小僧はホッとした顔をしていた。小さい体で他人を揉むのは辛かろう。


 ステファノは寝床に戻って焚き火の火を熾火おきびにする。寒くはないので無駄に炎を燃やす必要はない。灰の中で長時間熾火を保たせるのが火の番のコツであった。


「よう。美味いスープだったぜ」


 隣に陣取った商人の息子が話し掛けてきた。


「俺はコッシュ。もう寝ちまったが、親父はネルソン。よろしくな」

「どうも。俺はステファノと言います」

「あんたがいてくれて助かるぜ。二等馬車の旅なんざ碌なもんじゃねえと思っていたが、どうして。大分楽をさせて貰ってるよ」

「大したことはできませんが」

「親父がよ。あんたのことを褒めてたぜ」


 コッシュはちらりと父親の寝姿に目をやった。


「え、そうですか?」

「ああ。動きに無駄がないし、先が読めているってな。口うるせえ親父にしては、随分な誉め言葉だぜ」

「へへ。いつも親父に怒鳴られてるせいですね。もたもたすんな、頭を使えってね」

「どこも親父ってのは同じだな。あんたは家を出たんだろ? 羨ましいぜ」

「できが悪いんで、違う生き方をしてみようかと」

「耳が痛えや。俺にはできそうもねえぜ」

「コッシュさんのお店は呪タウンにあるんですか?」

「ああ。親父の店だがな。薬種問屋なんて陰気な商売さ」


 店構えこそ小ぶりだが、その道ではネルソンの名は高い信頼を得ていた。


「薬種っていうと、薬草とか、触媒・・とかのお店ですか?」

「ああ、そうだ。触媒なんてよく知っているな」

「旅の魔術師……魔術師の人に聞いたことがあって。魔道具とか、錬金素材に使うと聞きました」

「合ってるぜ。そんな付き合いでガル老師とは顔見知りでな」

「あのお爺さんですね。有名な魔術師さんなんですか?」


「有名どころか、一流さ。今は王立アカデミーの名誉教授って肩書だが、どうして。バリバリの現役だぜ」

「それは凄いですね! ネルソンさんは『雷神』って呼んでましたが」

「ガル師の二つ名さ。雷魔術の使い手で、魔物の群れを一撃で倒したとか、戦では一晩で100人の敵を倒したとか、武勇伝はいくらでもあるらしい」

「1人で100人ですか? 途轍もないですね」

「そうだろ? 100人殺しの名を聞きゃあ、盗賊なんぞ裸足で逃げ出すってもんさ」

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