第9話 食えない男。

「早飯も芸の内って、親父からうるさく言われて来たんで、さっさと昼飯を片付けたいんですよね。1人で食うのも味気ないんで、お客さんとさせて貰おうと」

「俺が怖くないのか?」


 問答が面倒くさくなったか、剣士は投げやりに聞いて来た。


「お客さん強そうですよね。剣術の腕前は相当でしょう?」


 腰から外した剣は使い込まれた頑丈なこしらえだったし、男の筋骨、腰の座りは長年の鍛錬を物語っていた。


「俺などまだまだだ」

「これ食べながら、剣術の話でも聞かせてくださいよ」


 ステファノは男の隣に腰を下ろすと、何事もなかったようにパニーニを差し出した。


「お前――。食えん奴だな」

「パニーニは食えますけど」


 ぷっと、初めて男は笑うと、根負けしてパニーニに手を出した。


「すまん。腹は減っている。金が無いのに見栄を張った」


 男の名前はクリード。歳は24で、用心棒のようなことをして暮らしているらしい。


「それなら道中で盗賊が出ても安心ですね」

「パニーニ分は守ってやる」


 クリードは半切りのパニーニをぺろりと平らげた。


「美味いパンだった。ありがとう」

「晩飯はスープと固いパンだけなんで、勘弁してください」

「毎度の飯が食えるだけで十分だ」


 そうですねと相槌を打ったステファノは、良いところで会話を切り上げると、ダールのところへ戻った。


「物じしねえ奴だ。はらはらしたぜ」


 ダールはそれとなく様子をうかがっていたらしい。ステファノが殴られやしまいかと心配したそうだ。


「口数は少ないけど、クリードさんは優しい人ですよ」


 今朝方馬車に乗り込んできた小僧さんに足を踏まれても、文句の1つもありませんでしたからと、ステファノはマイペースだ。


「相変わらず目の早い奴だな、おめえは」

「それよりダールさん、後どれくらいここにいます?」

「そうだな。そろそろメシも終わりそうだから、もう10分てところか」

「わかりました。10分で用を足して来ます」


 そう言いおいて、ステファノは草むらに入って行った。

 ダールの方も小用を足すと、紫煙しえんをくゆらせて時間を潰した。煙草を吸い終わる頃ステファノが戻って来た。


「戻りました」

「おう。その袋は何でえ?」


 見ると、行きには無かった布袋を腰に下げている。


「用足しに行ったついでに、野草を摘んで来ました」

「はあ?」

「スープの具にしようと思って」


 袋は短い間に摘んだとは思えないほど、ふくらんでいた。


「おいおい。ちゃんと食えるんだろうな?」

「大丈夫ですよ。店でも出していたものですから」

「料理のことはおめえに任せるがよ。本当にマメな奴だな」


 ダールはあきれ気味だった。

 

「へへ。料理を出すとなると、飯屋のせがれの血が騒ぐっていうか……」


 ステファノは頭を掻いた。


「どれ、出発するとしよう」


 この日も馬車は順調に進み、明るい内に予定の野営地に入ることができた。


「ホー、やっとゆっくりできそうじゃな」


 小僧連れの老人が、馬車を降りると腰を伸ばして唸った。


「ガル師、お疲れですかな?」

「何の。体さえ伸ばせればこれしきのこと」


 声をかけたのは商人の父親の方であった。老人はガルというらしい。


「5年前には1月旅を続けたこともあるでの」

「それはまたお元気なことで」

「ホッホッホ、青春真っ只中じゃからのう」

「お師匠、無理しないでくださいね」


 小僧さんは困り顔だった。ちょいワル爺さんの世話は大変だろう。


「年寄り扱いするでない。盗賊でも出てきてくれたら、ワシの活躍を見せてやるんじゃがの」

「確かに、『雷神』の戦う姿は末代までの語り草でしょうな」


 商人の口ぶりだと、ガル老人は歴戦の強者つわものらしい。


「ホッホッホ、5人や10人の盗賊では相手にもならんがの」


 老人は謙そんという言葉を知らないらしい。おだてられて上機嫌に語っていた。


「へー。あっちは魔術師の先生かい。剣士に魔術師と、頼もしいパーティーだぜ」


 ダールは客同士のやり取りを聞いていたが、右から左に聞き流す風情だった。

 

「滅多なことで盗賊なんて出やしねえからな」

「そうなんですか?」


 街道は物騒だと教えられて育ったステファノは、不思議そうに聞き返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る