第8話 旅の剣士。

「戻ったぜ。馬はつなぎ終わったようだな」


 言いながら、ダールはハーネスのつなぎ具合を確認して行く。


「大方問題ないな。ここの遊びがわかるか? ここはもう少ししっかり締め上げて大丈夫だ。遊びがあると馬具がこすれて馬が痛がるぜ」


 指で示しながら、ステファノに締め直させる。自分の目でしっかり確認することも忘れない。


「良し。それでいいだろう。お客さんには全員声を掛けて来たから、もう10分もすりゃあ揃うだろう」


 言葉通り、幾許いくばくもしない内に乗客が荷物を持って集まってきた。ダールとステファノは手分けして荷物を馬車の屋根に積み込む。ロープとネットでしっかり固定する所まで、ダールはステファノに教え込んだ。


「そのトランクは格別に重いから屋根の真ん中にくくり付けろ」


 客達も1人ひとり馬車に乗り込み、席に収まった。男ばかり5人。商人親子の2人連れ、浅黒い剣士風の男、そして小ぎれいな老人とお付きの小僧さん。


 ダールの駅馬車は2等馬車だ。この上には小金持ちや貴族の陪臣などが使う1等馬車クラスがある。1等になると御者も馬車も大分上等になるが、その分料金も高い。掛かる日数は同じなのによと、ダールは皮肉に言っていた。


「出発しやーす!」


 ダールの号令で馬車が走り出す。今日も幸いなことに天候に恵まれそうだ。雨の中の野営は骨が折れるので、晴れてくれるのは本当にありがたい。

 客も含めて予め用を足してから出発したので、昼の休憩までは走り詰めで行程を稼ぐ。長い道程では何があるかわからない。常に余裕を取っておくのが御者の心得だ。


 太陽が中天に差し掛かった頃合いで、幾つかある野営地の1つにダールは馬車を停めた。


「ここで休憩しやしょう。弁当のある方は、めいめいにどうぞ。トイレも今の内に済ませて下せえ。くれぐれも遠くへは行かねえように。馬車が見える範囲でお願えしやす」


 男同士ならこれで良い。格好は悪いが、皆草むらから顔を出す格好で用を足すのだ。乗客に婦人が混ざると、これが厄介だ。女性は物陰に入り、れの男性が近くに立って、馬車から見えるようにする。


「女の人の1人旅だったら、どうするんですか?」


 ステファノは興味本位で聞いてみた。


「女が1人で旅なんかするもんか。いても婆か、あばずれだろうぜ」


 立ち小便でも野糞でも平気でやるだろうさと、ダールは笑った。


 昼飯は乗車賃に含まれていない。乗客たちは馬車から降りて腰を伸ばしつつ、思い思いに休憩を取った。


「俺達も昼にしよう」


 ダール達は朝食を摂った飯屋で、パンにハムと野菜を挟んだパニーニを買ってあった。


「どうかしたかい?」


 パニーニにかじり付きながら、まだ食べ始めないステファノを見てダールが声を掛けた。


「いえ、ちょっと――」


 そう言うと、ステファノはハンティングナイフでパニーニを2つに切り分けた。


「俺には多すぎるんで、あっちのお客さんにお裾分けして来ます」


 見ると、2人連れの2組は弁当を食べ始めていたが、剣士風の男は飯も食わずにただ腰掛けていた。


「好きにしろ。あんちゃんも物好きだな」


 ダールは我関せずと食事を続けた。それを許しと解釈して、ステファノは剣士のいる木陰に歩いて行った。


「お客さん、すいません」


 ステファノは男に声を掛けた。


「――何だ? 何か用か?」


 男は目も上げず、不愛想に答えた。


「弁当用のパニーニが俺にはちょっと大き過ぎるんで、半分手伝って貰えませんか?」

「要らん。施しを受ける謂れはない」


 相変わらず不愛想な声だった。


「夜には飯を食わせてくれるんだろう? それまでくらいは食わなくても平気だ」


 確かに、1日3食という決まりはない。朝と夕、2食で済ませる家も珍しくないのだ。


「施しじゃありません。パンは柔らかい内に食べた方が美味いし、俺1人じゃ持て余すので――」

「お前、しつこいな」


 剣士は初めて目を上げて、ステファノを睨んだ。語気に相応しく、細く鋭い目の持ち主だった。

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