第弐話 三郎地獄廻り(4)

「というようなことがありました」三郎は言葉を終わらせた。

 今まで目を閉じて静かに三郎の話を聞いていた師匠に初めて動きがあった。手を伸ばして脇に避けておいた茶碗をとると、すっかりと冷えた茶を啜る。

「そのネズミの木彫りは今持っておるのか?」

「ここに」三郎は割れた木彫りを差し出した。

 師匠は三郎から受け取った木彫りを繁々と見た。

「むう。子の王は術が本体か」

 三郎に聞こえないように小さく呟く。

 それから木彫りの欠片を囲炉裏の火にくべると、毛が焼ける臭いが立ち上った。

 三郎の問うような視線を真っ向から受け止めて師匠は口を開く。

「呪物じゃ。マジモノじゃ。三郎、そなた、修験者どもに揶揄われたのだよ。いつも儂に木立から落とされるので、仕返しのつもりだったのだろう」

「お師さま。それがしが廻って来た地獄、あれは幻だったのでしょうか?」

「夢と思えば夢、現と思えば現」それだけを師匠は言った。

「にしても修験者ども。イタズラにしては程を知らぬ」三郎は憤った。

 あやうく地獄へ落とされるところだったのだ。たとえそれが幻であったにしても、苦痛だけは本物に違いない。あのまま地獄への扉を開いていたら、今頃どうなっていたことか。心を失い、生涯を腑抜けとして生きることになっていたやも知れぬ。

 三郎はぎりりと歯噛みした。


「捨ておけ。このような形で術が破られた上に、巻き添えを食らって地獄の鬼まで殺されておるのだ。術をかけた者もただでは済まされぬ」

 師匠はもう一口冷えた茶を啜った。

「それよりも、三郎。良い修行になったな。己の信じるままに、躊躇うことなく剣を振る。それこそが独り籠りの極意なのだ。

 仏が邪魔をするならば仏を斬り、鬼が邪魔をするならば鬼を斬る。友が邪魔をするならば友を斬る。そして師が邪魔をするならば師を斬る。

 何があろうとも、決して己の信念だけは曲げてはならぬ。それこそが古縁流よ」

「相手がお師さまでも斬るのですか」

「相手が儂であってもだ」


 しばし、三郎、黙して語らずであった。

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