04 囚われ人は決して
リシャールの後を継いだサン・テールは、それでもオーギュストからの政戦両略に抗し、善戦した方だと思う。
「母上、もう
「サン・テールよ、末っ子よ。わたしはあまりお前にかまえなかった……なればこそ、だ」
「…………」
クール・ド・リオンと讃えられたリシャールとちがい、サン・テールは今一つ冴えが足りない。
それが幼い頃からの、わたしのサン・テールへの評価だった。
もはや八十歳の老婆の身だが、それでも支えるべきなのだろう。
そう思って、東奔西走してきた。
いつしかわたしはリシャールの最期の言葉も忘れ、自分が狙われているということを失念していた。
……オーギュストだけではなく、孫のアルチュールからも。
*
「明日はどんな唄を歌おう? ……とでも、叔父上に
アルチュールが顔を歪ませて、そう嘲って来る。
……気がついたら、わたしはミルボーという城で、アルチュールの軍に包囲されていた。
居城であるポワティエにて
辛くも脱出し、このミルボー城へと逃げおおせたが、追いついてきたアルチュールの軍に包囲されてしまったのである。
さすがに祖母と孫の関係であるので、包囲される間も、交渉の場を持つことができた。
だがその場で言われた台詞が、先の嘲りである。
「助けを乞おうにも、サン・テールの叔父上はル・マンにいるとか。このミルボーに駆けつけるまで一週間、いや、頑張って五日くらいか」
事実上、オーギュストの付けた軍監に取り仕切ってもらっているアルチュールの見立てなど、信用できはしない。
けど、サン・テールがミルボーに来るまでの日数がそれなりにかかるということは分かった。
「……分かったか。分かったなら、大人しく
それはできないと答えると、アルチュールは
*
思えば。
この世が劇場であるならば、わたしの役割は何であろう。
そう、言うなればわたしは悪役。
この世という劇場に最初に出た時――生まれ出でた時は、大貴族の娘であったがゆえに、やはり――悪役令嬢というべきか。
「……くっくっく」
自らに対する憫笑が洩れる。
自嘲ゆえに、嘲笑ともいえる。
嗚呼。
わたしは所詮、悪役。
主役ではなかった。
けど。
けれど。
サン・テール、わたしの息子、最後の息子。
リシャールに傾注して、ろくにジャンという真名で呼べなかった、わたしの息子。
お前は、お前だけは……。
*
……ここから先は、聞いた話だ。
わたしはアルチュールに言われたとおり、「明日はどんな唄を歌おう?」と書状を出した。
サン・テールには、もはや何もできまいと思ったが、現状を伝える必要があると思ったからだ。
アルチュールは「かまわぬよ、三日後に総攻めだからな」と嘲笑した。
ル・マンにて、わたしの書状を受け取ったサン・テールはこう叫んだという。
「 Ja nus hons pris ! 」
それは、囚われ人は決してという意で、リシャールが作ったという唄の名前だった。
「全軍進撃! われにつづけ!」
書状を受け取ったサン・テールはすぐに進発。
何と、ル・マンからミルボーまで(130kmあまりの距離)を、二日で進軍して到達した。
「何だと……馬鹿な」
今度はアルチュールの方がサン・テールに包囲され、いわゆる逆包囲というかたちになった。
「われこそは
「ふざけるな!
「二つ名が何だと言うのだ。それにサン・テールは単なる呼び名だ。家族の間でのな」
そんなものにこだわっているのは、あとは
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