04 囚われ人は決して

 リシャールの後を継いだサン・テールは、それでもオーギュストからの政戦両略に抗し、善戦した方だと思う。


「母上、もう年齢とし年齢としです。あとは私にお任せください」


「サン・テールよ、末っ子よ。わたしはあまりお前にかまえなかった……なればこそ、だ」


「…………」


 クール・ド・リオンと讃えられたリシャールとちがい、サン・テールは今一つ冴えが足りない。

 それが幼い頃からの、わたしのサン・テールへの評価だった。

 もはや八十歳の老婆の身だが、それでも支えるべきなのだろう。

 そう思って、東奔西走してきた。

 いつしかわたしはリシャールの最期の言葉も忘れ、自分が狙われているということを失念していた。

 ……オーギュストだけではなく、孫のアルチュールからも。



「明日はどんな唄を歌おう? ……とでも、叔父上にふみを書いたらどうですかな? おばあ様?」


 アルチュールが顔を歪ませて、そう嘲って来る。


 ……気がついたら、わたしはミルボーという城で、アルチュールの軍に包囲されていた。

 居城であるポワティエにてせっているところ、オーギュストに兵を与えられたアルチュールが急襲してきたのである。

 辛くも脱出し、このミルボー城へと逃げおおせたが、追いついてきたアルチュールの軍に包囲されてしまったのである。

 さすがに祖母と孫の関係であるので、包囲される間も、交渉の場を持つことができた。

 だがその場で言われた台詞が、先の嘲りである。


「助けを乞おうにも、サン・テールの叔父上はル・マンにいるとか。このミルボーに駆けつけるまで一週間、いや、頑張って五日くらいか」


 事実上、オーギュストの付けた軍監に取り仕切ってもらっているアルチュールの見立てなど、信用できはしない。

 けど、サン・テールがミルボーに来るまでの日数がそれなりにかかるということは分かった。


「……分かったか。分かったなら、大人しくばくにつけ」


 それはできないと答えると、アルチュールは忌々いまいまにらみつけ、覚えてろと捨て台詞を残して、去って行った。



 思えば。


 この世が劇場であるならば、わたしの役割は何であろう。

 そう、言うなればわたしは悪役。

 この世という劇場に最初に出た時――生まれ出でた時は、大貴族の娘であったがゆえに、やはり――悪役令嬢というべきか。


「……くっくっく」


 自らに対する憫笑が洩れる。

 自嘲ゆえに、嘲笑ともいえる。


 嗚呼。

 わたしは所詮、悪役。

 主役ではなかった。


 けど。

 けれど。


 サン・テール、わたしの息子、最後の息子。

 リシャールに傾注して、ろくにジャンという真名で呼べなかった、わたしの息子。

 お前は、お前だけは……。



 ……ここから先は、聞いた話だ。


 わたしはアルチュールに言われたとおり、「明日はどんな唄を歌おう?」と書状を出した。

 サン・テールには、もはや何もできまいと思ったが、現状を伝える必要があると思ったからだ。

 アルチュールは「かまわぬよ、三日後に総攻めだからな」と嘲笑した。


 ル・マンにて、わたしの書状を受け取ったサン・テールはこう叫んだという。


「 Ja nus hons pris ! 」


 それは、囚われ人は決してという意で、リシャールが作ったという唄の名前だった。


「全軍進撃! われにつづけ!」


 書状を受け取ったサン・テールはすぐに進発。

 何と、ル・マンからミルボーまで(130kmあまりの距離)を、二日で進軍して到達した。


「何だと……馬鹿な」


 今度はアルチュールの方がサン・テールに包囲され、いわゆる逆包囲というかたちになった。


「われこそは金雀枝プランタジュネのジャン! 母たるアリエノール・ダキテーヌを救いに参った! アルチュール、いざ尋常に、尋常に勝負!」


「ふざけるな! クール・ド・リオン獅子の心のリシャール叔父上ならともかく、サン・テール土地なしのジャン叔父上なんぞに!」


「二つ名が何だと言うのだ。それにサン・テールは単なる呼び名だ。家族の間でのな」


 そんなものにこだわっているのは、あとはオーギュスト尊厳王ぐらいだろうよ、とジャンは、否、ジョン・オブ・プランタジネット金雀枝というわたしの最後の息子は――言い放った。

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