02 明日はどんな唄を歌おう?

 ……けれども、その二つ目の結婚もまた破綻を迎える。

 まつりごとには、実はあまり関心は無かった。

 自領の経営には、それなりに自信があったし、重臣たちも褒めてくれた。

 そのことから、新しい夫に「手伝ってくれ」と言われ、政にも手を出していた。

 新しい夫――今では「夫」と言うべきだが――彼が移り気なのも、仕方ないと思った。

 彼の元々の領地での暮らしもあるし、それに、新たに得た領地もあった。

 そのそれぞれで情人を持つのも、それは仕方ないと思った。


「母上」


 その頃には子供に恵まれ、わたしの関心はそちらに移りつつあった。

 夫は夫で、「負担を軽くしてやろう」と言って、宰相だの何だのを取り立て、わたしは次第に政から遠ざけられていった。

 子供たちはすくすくと育って行った。

 差をつけることは良くないと知っているが、中でもリシャールはわたしのお気に入りだ。

 彼こそ、わたしが歌う唄によく出てくる、騎士道物語の主人公であり、宮廷恋愛の主役となり得る男といえた。

 一方で、サン・テールは――夫がよくそう呼んでいた――末っ子のサン・テールは、わたしではなく夫の方によく懐き、また夫も気に入ったのか、手ずから育てた。

 いつしか、リシャールはわたしの側の領地、サン・テールは夫の方で幾ばくかの領地を与えることになった。


 だがそれも、夫の手駒としてならば、という話だった。


 それは、他の子供たちも同様だった。夫は王と称していたが、上の子は共同する王として即位させられ、そしてそれは形だけの「王」だった。

 娘たちは皆、相応の王侯貴族に嫁いでいき、それはわたし自身も勧めていたことではあるが、夫はいつの間にか嫁ぎ先の領土や爵位を受け継ぐことを主張し、その縄張りを広げていった。


「いっそのこと、お前の以前さきの嫁入り先も手に入れてやろう」


 あろうことか、夫は、前の夫の娘をリシャールの妻に、と所望した。

 前の夫は敬虔だが政治は不得手だ。

 それはあっさりと承諾され、その娘――アデルは幼いながらもリシャールのもとへと、まだ幼いがゆえに――婚約者フィアンセとして参じた。

 夫はほくそ笑む。

 前の夫に男子はいない。

 これで、またしても領土が、と目論む夫。

 その証左に、今までリシャールや他の兄弟に与えるはずの領土をサン・テールに、という話が出た。


 だが、その足元から。

 叛乱が発生した。


 形式上、「王」とされていた上の子が叛したのだ。

 呼応して、他の子たちも叛乱に起ち上がる。

 彼らは、あまりにも強権的な夫――父に対して反感を抱いており、特にリシャールは、継ぐはずだった領土を、と怒り心頭だったらしい。

 だが、夫はさすがに一代の梟雄だけあって、強かった。

 私や子供たちは捕らえられ、服従を誓わされた。

 しかし、夫の怒りは凄まじく、それは幼いアデル――リシャールの婚約者フィアンセへと向かったと言う。



 時は流れ。


「アデルを返せ。さなくば、リシャールと添わせ、リシャールに家督を」


 前の夫は死んだ。

 しかし、再婚を繰り返して得た男子が後を継いだ。

 その男子――新王は、姉であるアデルについて、夫へ先の台詞で要求したという。

 しかし、夫の返答は「断る」の一言だった。

 それは、リシャールへ家督を継がせる方への返答だったかもしれない。

 一方、その場に居合わせたリシャールは、冷然と言った。


「これではっきりした。父は、わが妻となるべき女性を……」


 リシャールは新王と連合して、今度こそはと夫を攻め立てた。


 戦いの末。

 夫は心労のためか、病死。

 それはサン・テールが夫のに反感を抱いたのか、リシャールに味方したせいなのかもしれない。



 もう、こりごりだ。


 好きに生きてきたわたしだが、さすがにそう思った。

 それゆえに、生き残った子どもたち、そしてその子ども――孫たちもリシャールの戴冠式にと集め、その夜に密かに言い伝えた。


「いいかい、お前たち。これからは皆で力を合わせないといけないよ」


 われながら、一端いっぱしの母親、あるいは祖母気取りだが、仕方ない。

 これ以上の戦乱は、誰にとっても不幸だ。


「だから――符丁を決めましょう。いいかい、助けて欲しい時はこう伝えるの」


 明日はどんな唄を歌おう?


 それは――吟遊詩人トルバドゥールだったという祖父が、よく口にしたと言う。


「これならば、わたしの産んだ子ども、そしてその子どもしか分からないだろう? たとえ――死んだ夫だとしてもね」


 われながら、なかなかの諧謔だと思ったが、誰もがと静まり返った。

 リシャールと、あとサン・テールのみが、うなずいていたような気がした。

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