叫んで五月雨、金の雨。 〜或る王妃の生涯〜

四谷軒

01 叫んで五月雨、金の雨。


 思えば。


 この世が劇場であるならば、わたしの役割は何であろう。

 そう、言うなればわたしは悪役。

 この世という劇場に最初に出た時――生まれ出でた時は、大貴族の娘であったがゆえに、やはり――悪役令嬢というべきか。


「……くっくっく」


 自らに対する憫笑が洩れる。

 自嘲ゆえに、嘲笑ともいえる。



 悪役令嬢たるわたしの最初の結婚は、やはり政略結婚であった。


「そなたの領地が欲しい」


 とは、結婚相手の王太子の父親、すなわち国王の台詞であったが、当の結婚相手の王太子は、そういったことに無関心であった。


「済まぬが、祈りの時間だ」


 それが口癖の王太子。

 彼は、僧院に入っていたところを還俗させられて、俗権の王の後継ぎにさせられたのだ。

 それは同情する。

 しかし、床の作法まで親族に教えられていたと聞いて、さすがに閉口した。

 淡泊ではあるが、お互い義務と思ってを行ったが、やはり不満は残った。

 そして彼はと祈祷へと向かうのが通例だった。


「これでは王太子ではない。僧侶ではないか」


 これは、わたしの言葉だ。いや台詞だ。

 夫として、特に暴力を振るわれたり、権柄尽けんぺいづくで物事を勧められたことは無い。

 これは、わたしの家の方が歴史が古いとかそういうことではなく、さすがに僧院に入っていただけあって、彼の性格が温和だったからだ。

 しかしそれも、彼が国王に即位するまでの話だった。


「王妃よ、聞き分けてくれ」


 月の港で挙式した頃は、まだ良かった。

 王太子と王太子妃だったからだ。

 だが、国王と王妃ならば。

 政治があり、戦争があり、その時々の理非曲直がある。

 そうこうするうちに、性格の違いが如実になった。

 互いの「家」の権利や権益とかもあっただろう。


 そして。

 聖地への遠征が、決定的な亀裂を入れた。

 兵事のことは分からない。

 だから、好きにやらせてもらうことにした。

 兵と金銭は出した。

 あとは、お互い好き勝手にというわけだ。

 遠征それ自体はつまらなかったが、拝謁した皇帝は魅力的だった。

 先に聖地へ遠征していた叔父もまた、懐かしさのあまりか情が湧いた。


「王妃よ、何をしているのだ?」


 気がついたら彼は愛想を尽かし、また遠征も失敗に終わったこともあって、二言目にはそう言われる日々を過ごしていた。


 ……そうこうするうちに宮廷にひとりの男が現れた。

 彼こそがわたしの二番目の夫。

 今の夫。

 十歳以上も年下の彼。

 若い彼。

 だが、その若さの分だけ、野心があった。

 野心的な彼が、魅力的だった。

 そうなるともう、たまらなくなった。


「それで良いのか? 本当に……」


 それが最初の夫の、夫としての最後の台詞だった。

 沈痛の面持ちの彼は、けれども教皇との折衝を繰り返し、ついに離婚の許しを得た。

 三月のことだった。



「待っていたぞ!」


 離婚から二ヶ月。

 五月。

 雨の日。

 新しい夫――彼は領地から愛馬に鞭をくれ、駆けに駆け、そしてとうとうわたしのもとにたどりつき、そして叫んだ。

 咆哮にも等しい叫び。


「これで栄光はおれのものだ!」


 この雨は金の雨だと言って、わたしの城の庭で諸手を挙げ、濡れるのもかまわず、彼は哄笑していた。


 事実、栄光は彼のものになった。

 わたしの領地と彼の領地は合わさり、あたかもひとつの帝国となって、前の夫の王国を圧倒し、圧迫した。

 だが、そんなことはどうでも良かった。

 吟遊詩人に唄われる、宮廷恋愛。

 それをにしたわたしは、もはや悪役ではない。

 わたしもまた叫んだ。

 この世という劇場の主役は、わたしである、と――。


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