叫んで五月雨、金の雨。 〜或る王妃の生涯〜
四谷軒
01 叫んで五月雨、金の雨。
思えば。
この世が劇場であるならば、わたしの役割は何であろう。
そう、言うなればわたしは悪役。
この世という劇場に最初に出た時――生まれ出でた時は、大貴族の娘であったがゆえに、やはり――悪役令嬢というべきか。
「……くっくっく」
自らに対する憫笑が洩れる。
自嘲ゆえに、嘲笑ともいえる。
*
悪役令嬢たるわたしの最初の結婚は、やはり政略結婚であった。
「そなたの領地が欲しい」
とは、結婚相手の王太子の父親、すなわち国王の台詞であったが、当の結婚相手の王太子は、そういったことに無関心であった。
「済まぬが、祈りの時間だ」
それが口癖の王太子。
彼は、僧院に入っていたところを還俗させられて、俗権の王の後継ぎにさせられたのだ。
それは同情する。
しかし、床の作法まで親族に教えられていたと聞いて、さすがに閉口した。
淡泊ではあるが、お互い義務と思ってそれを行ったが、やはり不満は残った。
そして彼はそそくさと祈祷へと向かうのが通例だった。
「これでは王太子ではない。僧侶ではないか」
これは、わたしの言葉だ。いや台詞だ。
夫として、特に暴力を振るわれたり、
これは、わたしの家の方が歴史が古いとかそういうことではなく、さすがに僧院に入っていただけあって、彼の性格が温和だったからだ。
しかしそれも、彼が国王に即位するまでの話だった。
「王妃よ、聞き分けてくれ」
月の港で挙式した頃は、まだ良かった。
王太子と王太子妃だったからだ。
だが、国王と王妃ならば。
政治があり、戦争があり、その時々の理非曲直がある。
そうこうするうちに、性格の違いが如実になった。
互いの「家」の権利や権益とかもあっただろう。
そして。
聖地への遠征が、決定的な亀裂を入れた。
兵事のことは分からない。
だから、好きにやらせてもらうことにした。
兵と金銭は出した。
あとは、お互い好き勝手にというわけだ。
遠征それ自体はつまらなかったが、拝謁した皇帝は魅力的だった。
先に聖地へ遠征していた叔父もまた、懐かしさのあまりか情が湧いた。
「王妃よ、何をしているのだ?」
気がついたら彼は愛想を尽かし、また遠征も失敗に終わったこともあって、二言目にはそう言われる日々を過ごしていた。
……そうこうするうちに宮廷にひとりの男が現れた。
彼こそがわたしの二番目の夫。
今の夫。
十歳以上も年下の彼。
若い彼。
だが、その若さの分だけ、野心があった。
野心的な彼が、魅力的だった。
そうなるともう、たまらなくなった。
「それで良いのか? 本当に……」
それが最初の夫の、夫としての最後の台詞だった。
沈痛の面持ちの彼は、けれども教皇との折衝を繰り返し、ついに離婚の許しを得た。
三月のことだった。
*
「待っていたぞ!」
離婚から二ヶ月。
五月。
雨の日。
新しい夫――彼は領地から愛馬に鞭をくれ、駆けに駆け、そしてとうとうわたしの
咆哮にも等しい叫び。
「これで栄光はおれのものだ!」
この雨は金の雨だと言って、わたしの城の庭で諸手を挙げ、濡れるのもかまわず、彼は哄笑していた。
事実、栄光は彼のものになった。
わたしの領地と彼の領地は合わさり、あたかもひとつの帝国となって、前の夫の王国を圧倒し、圧迫した。
だが、そんなことはどうでも良かった。
吟遊詩人に唄われる、宮廷恋愛。
それをものにしたわたしは、もはや悪役ではない。
わたしもまた叫んだ。
この世という劇場の主役は、わたしである、と――。
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