第74話

「へ? ほ、本当に?」

 ヘビがあまりに素直な返事をしてきたのであゆみは面食らいながら聞き返してしまった。

「嘘など言わぬ。流石にもう疲れた。この身体で暴れても無駄であろうからな。大人しく従ってやるわ……今日の所はな」

 言って含みを持たせながらヘビはニヤリと不敵に笑う。

「オッケー。とりあえずそれでいいよ」

 あゆみとしてもこれ以上闘う気力や体力も尽きかけていた。そろそろ帰って休みたいのが本音だ。

「但し、待遇は注文を付けさせてもらう。あの天狗と一緒はごめんじゃ。一人部屋を用意せよ」

「わがままを言うな。お主を一人にしたら何をしでかすかわからん。傍に留め置き監視をさせて貰う」

 陣八が苦々しい顔をしながらヘビにそう言った。が、

「まあまあ、いいじゃないですか。丁度空き部屋が一つあります。あそこに入れましょう」

 両手で陣八を押し止めるようにあゆみがいうと。

「おうおう。あゆみとやら。貴様は中々気が利くな」とヘビはご満悦の様だ。

「どうせなら皆で監視した方が都合がいいじゃないですか。あの部屋は奥ですから出入りするにも中を通らなければ出られませんしね」

 そのヘビに気づかれないくらいの小声であゆみは陣八に言う。

「うむ。仕方が無いな」

 仏頂面ながらも陣八は渋々納得する。その様子を横目にあゆみは他の住人達に声をかける。

「今日はみんなありがとう。終わったよ、帰ろう」

「ふ~。ようやくかい。流石にくたびれたね」

 言ってメアリーは首をさすりながら肩を揉んでいる。

「そうね。流石にねむくなっちゃたわ~」

 眠そうな声を出して大あくびをかくあきなの周りには燐火がゆらゆらと飛び交っていた。

「きつねさん~。終わりだそうですよ~。お疲れさまでした~」

 のんびりと話す真奈美に守は、

「マジでめっちゃ疲れた。何百年分も働いた気分だよ。帰ったら暫く家にこもってゲーム三昧だ」と答える。

「それ~。いつもと何が違うんですか~」

 と肩を寄せて追い込みを入れる真奈美に、

「日常に返るって事さ」

 とそっぽを向きながらクールぶって答える守だがその顔は少し赤い。

 そんな二人を後目に、美奈保は、

「しっかし、修二お兄様は何故来なかったのでしょうね。仲間が困っているのに助けに来ないとは情けないですわ」

 とぼやきを上げて、

「でも、それが普通なんじゃないでしょうか。彼が他人の為に進んで動くなんて、それこそ天変地異でも起きかねません」

 とそれにシロが答える。

「解決したみたいね。あんたはもう大丈夫なの?」

 いまりの傍らには目を覚ましたらしいイノリが佇んでいる。

「うん。もう大丈夫っす。姉ちゃんも来てくれてありがとうっす」

「弟を見捨てられるわけ無いでしょ。後、心配してくれたのは私だけじゃないわよ」

 そういういまりの視線の先にはあさかの姿があった。

「……本当に大丈夫なの? どこも痛くない?」

「ああ、うん。大丈夫っす」

「そう。良かった」

 言って浅香はとすんとイノリの胸にもたれかかる。

「うわっと……浅香こそ大丈夫っすか」

「うん。大丈夫だけど、ちょっと疲れちゃったかな。少しこのままでいい?」

「あ、ああ。うっす」

 言って彼女を抱きとめる様に手を添えるイノリ。

 皆それぞれに労いと無事を祝い合うやり取りをしている所へ

「あ! そういえば」

 突然あゆみの叫び声が辺りにひびきわたった。

「あゆみ? まだなにかあるのかい」

 すぐ横にいたひみかが心配そうに尋ねた。

「な、アンリさんは? 彼女どうしたんだろう」

 想えばヘビに操られかけたナメ山杏里だがヘビの御霊が表に出た筈だ。彼女は無事なのだろうか。

「う、ううううう。わ、私はここよ」

 ほぼ真下から声が聞こえて一瞬あゆみは驚いてしまう。

「う、うわっと……。あ、ああ、そこにいたんですか。無事なんですね」

 暗闇の中で気づかなかったが彼女はヘビが出た後、そこらへんに放り出されていたらしい。

「ふみゅ~。何とかね~。でも、もうダメかも。妖力も精気も尽き果てそうよ」

「ええ? だ、大丈夫ですか?」

 心配になって思わず横たわっている彼女に手を差し伸べるあゆみ。対して、アンリはその手をガシッと意外に強い力で握ってくる。

「ええ。もうほんとにくたびれちゃったわ……。でも、大丈夫よ」

「え、ええっと……。な、ナメ山、さん?」 

 不穏な空気を感じて距離を置こうとしたあゆみだが、その手はガッチリとホールドされて振りほどけない。

「んふふふふふふふふふふふ。や・く・そ・く、今度こそ果たしてもらうわよ」

 アンリはあの時と同じようにべローンと舌を長く伸ばしてあゆみにのばしてく……。が、

ビシッ

「ああああああああああああああああああ」

 あゆみは叫びながら振りほどこうとするが動けない。と、そこへ、

ビシッ

 冷たい冷気が辺りを渦巻いたかと想うとアンリの身体が凍り付いた。

「ひ、ひみか」

「ふん。私の目が黒いうちはさせないよ……。くしゅんっ……」

 もう言うまでもない。ひみかが又、彼女の事を凍らせたのだ。

「む、無茶しないでよ。殆ど妖力も残ってないでしょ」

「だ、だって。見過ごせるわけないだろ。き、君は私のこ、恋人になったんだから。そういう事をしていいのはわ、私だけさ」

 寒そうに身をよじらせながらも彼女の顔は少し赤かった。

「ひ、ひみか……。うん、そうだよね。ありがとう」

 言ってあゆみはひみかを優しく抱き寄せると口と口を合わせた。

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百鬼夜荘 妖怪たちの住むところ 山井縫 @deiinu

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