失恋。
ゆうわ
失恋。
引き戸を開くと、景気の良い挨拶と煙とタレの焦げる香りがあたしを迎えてくれた。店内は熱気に包まれていて、少し肌寒い5月の日没前の空気の中を歩いてきたあたしにはとっても良い感じ。あたしは、焼き鳥屋の狭い店内を見渡して、やつらを探す。いつも通りに店の端っこで辛気くさそうに飲んでいる。まーくんがすらりとした手を伸ばして挨拶する。うん。いいね。ふじはいつも通り食事に夢中だ。それ以上横に膨らんだら、店から出られないぞ。あたしは、カウンター席しかない狭い店内を横歩きで進んで、辛気くさいチームに合流する。愛想の良いまーくんが挨拶する。
「ひさしぶり、よしの。相変わらず?かな。」
挨拶ついでにまーくんは、感想を述べる。相変わらずってのは、彼氏いないんだよねの意。あたしの男っ気のない格好を見てのコメント。ジャージの何が悪い。そう言う余計なことを言う無神経なヤカラにはお返事はしません。代わりにあたしは注文する。
「ワンビール!とまともきゃべつもすっぴんで!」
はいよーという店員の返しにまーくんのつっこみが重なる。
「まーなんてお行儀の悪い!注文よりあいさつ先でしょ?」
「いや、注文が先だな。さすが、よしの。焼鳥屋のあるべき姿をわかってるな。」
太っちょのふじがフォローしてくるが、100kgマンにフォローされると逆にしんどい。
「いや、このスレンダーなお嬢さんをキミと一緒にしないでくれる?」
話しながら、つい流れでまーくんが頼んでいたシロを横取りして食べてしまった。だって、おいしそうなんだもん。それを見たまーくんは呟く。
「いや、食い意地はどすこいどすこいだよ。」
『どど、どす??』
不本意にもふじとあたしの声がハモる。まぁ、我ら幼馴染み四人組の付き合いは長いから仕方ないか。ふじはどすこいがつぼったみたいで爆笑している。声がうるさい。友達から爆笑を勝ち取ってまんざらでもない表情のまーくんに聞く。
「ね?けんたは?また遅刻?」
「そ。渋滞だって。バイト先からこっち向かってる。」
まーくんの焼き鳥を食べながら、へーと返事している間にも瓶ビールがなくなった。おかしいな。蒸発したのかしら?あたしは口の横に手をあてて歯切れも通りもいい美声を発した。
「おねーーさーーん!ワンビール追加でー!」
一発で注文が通ると気持ちが良いよね。はいよーとの返しを聞きながらあたしは一応、瓶底に何も残っていないかのぞき込む。ないか……。ちぇ。
「そっか、また人助けして遅れてんのかとおもっちゃった。」
「今のところは大丈夫。そろそろどこかで人助けしてるかも知れないけどね。」
「しかし、あいつはいいやつだぞ。けんたは。」
「おお。どしたふじ。しってるけど。」
「いや、改めてアイツの素晴らしさを伝えたい。あいつ、渋滞で割り込んでくる車を無限に前に入れてるよな。いっつも。それによ、こないだ、銀行で見知らぬおばあちゃんの身の上相談に乗ってあげてたぞ。まるまる一時間とか話聞いてんの。孫がどうとか死んだじいちゃんがどうとかよ。最後にミカンもらってたぞ。」
「ああ、おれも見たことある。親戚の葬儀に一緒に出たことがあったんだけど初対面のおばあちゃんに貴方素敵ね、お話ししましょって、逆ナンされてた。」
「あ。そういえば、あたしもこないだ知らないおばあちゃんが深々とバスに向かってお辞儀してるから何かと思ったら、バスの中にけんたがいて手ぇ振ってんの。何をどうしたらそのシチュエーションになるのよ。びっくりじゃない。」
「びっくりといえば、妙齢の美しいお嬢さんであるところのよしのに彼氏ができないのはなんでだ?」
ふじがずずい、と話しをねじ込んでくる。なんだよ。失礼だな。アタシにも事情があるのよ。事情が。あ、でもビールがない。ビール大事。
「ワンビールと生2つ。シロアカジュンケイ5本ずつお願いします。」
行儀と察しの良いまーくんが注文してくれる。さすがだ。まーくんラブ。
「つか俺、最近フラレましたー!」
「お?まじか?じゃぁこの後駅前のゲイバーいこうぜ!」
「いや、いかないって。なんでさ。」
ふじが余計な合いの手を入れたが、あたしのハツは焼き上がりそうだった。ってか、別れた??その話興味ある。でもなんで急にそんな話?あれ?なんか気づいたのかな?どぎまぎするぜ。さりげなーく、聞き出さねばねば。
「えー、あのかわいらしい子と?ナンか凄いお似合いだったのに。えーなんで?」
「さぁ。急にアタシのこと好きじゃないでしょって言われて。」
「あー。なんかわかる。まーくん、体温低いというか、情熱がないというか――。」
「いやむしろ、けんたは彼女いないのか?」
「どした急に。」
恋愛と常に無関係なスタンスをとり続けるふじが急に恋バナに差し込んでくるもんだから、違和感を感じるアタシ。勘が鋭い。うん。さすがというか、一応、女子だ。まーくんは驚いたような不安なような微妙な表情だ。まーくんもどした?
「けんた、めっちゃやさしいよな。街を歩けばおばあちゃんに囲まれるし、猫島いけば猫に絡まれるし、兎島行けば――まぁいいか。とにかくアイツは素晴らしい。いいぞあいつは!どうだ?よしの。」
「はぁ。」
なにゆってんだこいつ。気でも狂ったか?と思いながらも、勘の良いアタシは気づいていた。コヨイのコヤツラはナンかおかしい。けんたについて良い奴アピールと彼女いないアピールばかりする。むりやりな恋バナが鼻につく。ふじを睨んでみる。
「あ。いや――焼き鳥重喰おっかな。」
さっき食べてたよねそれ。まぁいいや。次いで、まーくんを睨んでみたが、そもそもまーくんは天井を見ている。ふーん。あっそ。
「はいはいはいはい!目的を述べよ!あたしを誘導して、思い通りに操ろうなんて1秒早いわよ?」
百万年早いも1秒早いも、早いことには変わりなくタイムマシンがない以上は、それは絶対的な差だというのが我々四人のヨーチエンの時からの認識だ。だから、このコメントには誰も突っ込まない。
「けんたがおまえのことを好きだ。ずっっとだ。」
ふじが白状する。まーくんは(あちゃー)って感じで眼を覆って下を向く。でも、ふじに加勢する。
「小学校の時からずっとだと思うよ。多分ね。」
おお。なんかちくっと来た。まーくんめ。
「まぁ、今日である必要は無かったんだけど、前から俺とふじで話しててさ。けんたは自分から行くタイプじゃないから、二人でよしのの気持ち聞こうかって。」
「いや、俺にも都合があってよ。もし、けんたがよしのに告白するとか付き合うとかなら俺も――好きな人に告白しようと思っててよ。」
おお。"百貫ふくよか"が弱気なその姿嫌いじゃない。でも、アタシにも都合あるんだよね。大好きな仲間だから、遠慮もない。何が大切なのか、充分に理解しているから。
「あたし、けんたのこと好きよ。でも、セックスしたいとかそういう気持ちじゃないの。わかるよね。あたし達ずっと幼馴染みで。」
あたしの言葉に予想外にもふじが大きく動揺した。ふじはまーくんのことガン見で助けを求めてる。でも助けはない。
「――で、でも俺は、よしのとけんたがくっつけばいいなって、考えている。」
あたし達がくっつくメリットがふじにあると想えなかったあたしは余計ごちゃごちゃした気持ちになったが、まーくんが間をつないだ。まーくんは、大きく息を吐いてずるると座席を滑り、天井を見上げる。
「まーね。そっかぁ。そだよね。俺もそうだしね。」
行儀の良いまーくんは座りなおして少し眉を寄せて笑った。あたしはちくんとする。そうなんだ。ああーーー!なんか変な角度からぶっこまれたーーー!!でも、あたしはそっけなく。
「――だよねぇ。」
続けて意味のわからないことを口走ろうとしたあたしの視界に痩せて小さくてかわいい性別の判断が付かない人物が割り込んできた。焼鳥屋のガラス越しの路上で彼――けんた――は手を振っている。体中白いふわふわに包まれて右腕は兎のかぶり物を抱えている。
「え。なんで着ぐるみ?似合ってるけど。」
「あ。けんただ!バイトなんだよ。GW中はドリームワールドだってさ。」
ちょっと助かったかも、あたしなんか泣きそうだったし。思いながらあたしはばれないようにけんたを迎える。
「おっっっっっっっっっっっっっっそいって!」
「ごめん。渋滞が酷くてさ。みんな進めなくて困ってたから――。」
『はいはい。まぁ、すわっとけ!』
三人の声が重なって、目が合って笑いが拡がった。よかった。ちょっと紛れる。なんだよこれ。
「ああ、そだ、これ。あげる。そこでおばあちゃんに貰ったんだ。孫と夕飯食べる予定だったんだけど、予定が変わっちゃったみたいで代わりに、僕が貰ったんだ。」
『またおばあちゃんかよ。』
慣れたハーモニー。どんだけモテるのキミは?あたしになんてもったいないよ。ほんと。余計なことを考えるあたしを余所に、けんたはみんなの焼き鳥に爪楊枝を刺してまわった。爪楊枝には小さな鯉のぼりがついてる。多分、お子様ランチ的なイメージかな。
「はい。よしのはかわいいからこれ。」
そう言いながらけんたはあたしの食べかけのシロに爪楊枝を刺してくれた。付いている鯉のぼりの瞳はハートになっている。まーくんもふじもそれを見て泣きそうな――しっっぶい渋柿を頬張ったようなおっさんの――顔をしていた。やめめ。あたしもないちゃう。ごめんて、けんた。君の気持ちは受け取れないよ。あたしは取りあえずその場つなぎにけんたの着ぐるみヘッドを奪って被る。以外と良い匂い、ちょびっと零れるなみだを吸い込むにも丁度良かった。あたしがふざけている間に男共は独特の間合いで話を進める。
「大丈夫だ、けんた。大丈夫だ。次があるぜ。」
ふじは励ます。
「うん。そだね。僕は大丈夫だよ。どしたの?なんか泣きそうじゃない?」
ふじに返すけんたは困り顔だ。ふじはあたしのかぶり物を奪って被って、ぐすぐすしている。ぎゅうぎゅうで窒息しそう。けんたは肩をすくめてふじを指さす。声は出さないけど、どうしたの?って感じ。
「ああ。そうだね。でもさ、世界は思うよりも明るいんだよ、けんた。」
言いながらまーくんはけんたの肩を抱いた。あたしも便乗して二人に抱きつく。だってちょー人肌恋しい!けんたは、あたしたちをきょろきょろと見回して、まーくんと眼があった時に何かを察したみたいだった。その後暫くあたしを見なかったから。そんな三人を見ていたふじは、その上から抱きつこうとしたので、あたしは足蹴にする。
「重熱いよ、きみは。」
「おお?俺だけ仲間はずれかよ!20年来の幼馴染みなのに??」
かぶり物を放り出したふじのおどけた様子が面白くて三人は大笑いした。つられてふじも笑う。店員さんが振り返り、そのほかのお客さんもこっちも見るくらいの大爆笑だった。それもとびっきりの幸せな奴。だから、だれも文句を言わなかった。でも――ああ、青春なのかも知れないけど――ふられちゃったなぁ……。笑い疲れて大きく息を吸って吐き出した。
『『あー、失恋したぁ!』』
四人の声が重なった。四人がそう漏らしたことが四人とも意外に感じて、いやいやまってよ、なんで皆一斉に失恋してんのさって話になった。わぁわぁがぁがぁ皆でいつも通りの大騒ぎ。あたしの小さな胸はちくんと痛かったけど、あたしたちはこれで良いのかも知れない。ふとカウンターを見やると、焼き鳥に突き刺されて場違いを感じながらも鯉のぼりは――あたしが酔っ払っていただけかもだけど――ふわふわと泳いでいた。
恋に溺れた鯉のぼり、恋に破れて夜に飲まれる――。
おしまい。
失恋。 ゆうわ @9999ua
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