第2話
ぼくは、目の前にある、大きな看板を見つめていた。
そこには、こう書いてあった。
「ようこそ! ここは、どこでもない国」
「ここは、どこでもない場所。でも、きっと、どこにでもある。そんな場所です。」
「ここは、どこでもない国。だれかが、なにかを願ったとき、それが叶うか、叶わなかったかにかかわりなく、その人は、この場所にやってきます。」
ぼくは、その看板を見て、思った。なにをすればいいのだろう。ぼくは、なにがしたいんだっけ。そもそも、なにをしたくないんだったかな。ぼくの願いってなんだっけ。ぼくの夢ってなんだっけ。ぼくの望みってなんだっけ。
ああ、そういえば、ぼくには、夢があった。ぼくにも、やりたかったことがあった。やりたいことがいっぱいあって、やれなかったことがある。まだ、たくさん、やりたいことがあって、それを全部やっていない。
「まずは、やりたいことからはじめましょう。あなたのやりたいことリストをつくります。そして、それを実現するために、行動してください。あなたは、この場所にいるかぎり、なにをすることもできます。」
「誰?」
「私は、案内人です。」
「案内人さんは、何をしてくれるんですか?」
「ご希望であれば、お手伝いいたしますよ。たとえば、こんなことを。」
案内人が、指を鳴らすと、看板の表示が変わっていく。
「これは、いったい、どういうことですか?」
「わたしは、なんでもできます。ここでは、あなた自身になりたいものになれるのです。」
「それは、すごいですね。でも、どうして、そんなことができるのでしょう」
「ここは、どこでもない場所ですが、同時に、どこにでもあるからです。つまり、ここで、やりたいと思ったことはすべて実現可能です。ただし、ひとつ注意していただきたいことがあります。ここでは、時間が経過しません」
「時間が経過しないというのは、どういうことでしょうか」
「たとえば、ここで、10日過ごしても、現実世界では、ほんの一秒しか経っていないということなのです」
「なるほど。では、例えば、ぼくが、年を取って死んでしまったとしても、ここでは、ずっと若いままでいられるのですか?」
「えぇ、もちろんです。ここでは、年齢という概念が存在しません」
「それは、とてもいいことです」
「ただ、もし、あなたの肉体的な死が訪れた場合、その瞬間、あなたの魂は消滅します」
「消滅とは、どうゆうことですか?」
「文字通りの意味です」
「消滅するってことですか?」
「そうです」
「すると、死んだことになりますか?」
「はい」
「わかりました。ありがとうございます」
「それでは、お好きなようにお使いください」
「お世話になりました」
「では、失礼します」
「さて、どうしたものかな」
ぼくはまず、何をすべきだろうか。とりあえず、外に出てみることにした。すると、そこには、大きな扉があった。そして、その扉を開けると、そこは、まるで、どこかの宮殿のような造りになっていた。さらに、その奥に進んでいくと、今度は、豪華な装飾が施された部屋に出た。その部屋の中央には、テーブルがあり、その上には、たくさんの紙束が置かれていた。その紙の山の中から一枚の用紙を取り出し、書かれている内容を読んでみた。
「この世界に来ていただき、誠に感謝いたします。この世界のルールは至極単純です。皆様一人ひとりが自由に生活してください。お金はこちらで用意しています。ただし、通貨単位は『円』となります。それと、食料もご用意しております。では、良き人生を!」と書かれた文章の下には、1万円札が10枚置いてあった。
「これは、どうすればいいのだろう?」
そのとき、後ろから声をかけられた。
「すみません。少しよろしいでしょうか?」
「はい」
「私は、案内人を務めさせていただいております。まずは、はじめまして。」
「よろしくお願いします」
「これから、説明させていただきますね。この度は、当施設にお越しくださり、誠にありがとうございます。ここでは、皆さまのお好きなように過ごしていただくことが可能となっております。例えば、スポーツをしたり、ゲームをしても構いません。料理を作ったり、畑仕事をしたり、勉強をしていてもかまいません。そして、もちろん、働かなくても結構です。食事だけは、毎日提供させていただきますので、ご安心ください。そして、皆様の中には、ここでの生活に飽きてしまう方も出てくるかもしれません。そのような場合は、いつでも元の世界に戻れるようになっております」
「わかりました。」
「それでは、引き続き、説明を続けさせていただきます。この施設は、皆様の人数に合わせて、様々な設備を用意しております。皆様は、この施設内であれば、どこにいても構わないのです。ただ、いくつか注意点があります。それは、施設の外に出ることは禁止されています。この施設の中でのみ行動していただく必要があります。また、この施設内で死んでしまった場合、二度と生き返ることができなくなりますので、ご了承ください。この施設内のどこかに、死なずに外へ出ることのできる出口がありますので、その扉を探してみてください。ただし、一度、この施設から出てしまった場合には、もう戻って来ることはできないことをあらかじめ、申し上げさせていただきます。以上になりますが、他に質問はありませんでしょうか?」
「はい。大丈夫です」
「それでは、最後に、こちらをどう。」
「これは、なんですか?」
「こちらは、皆様に楽しんでいただこうと思いまして、ご用意したものです。ぜひ、お使いになってください」
「はい。分かりました。」
「では、良い人生を。」
案内人が去って、はっとしたら周りに人がいた。しばらくすると
「こんにちわ。私は、案内人でございます。よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします。」
「まず初めに、ルール説明をさせていただきます」
「この世界にいる間は、皆さんは、自由に行動することができます。しかし、いくつかの制限があります。この世界で死ぬと、二度と生き返ることができないので、十分に気をつけてください。この施設の中では、死なないように注意してください。また、この施設内では、常に監視カメラによる撮影が行われています。もし、万が一、不正な行動をしていると判断された場合は、その場で、拘束させていただきます。そのあとは、スタッフの指示に従って、行動して下さい」
「わかりました。」
「それでは、早速、施設の中を見て回りましょうか」
「はい。」
ぼくたちは、施設の中を見回った。
「では、こちらの部屋に入ってみましょう」
部屋に入ると、そこには、たくさんの本があった。
「こちらは、図書館です。好きな本を、読んでいただいて結構ですよ。ただし、この部屋の外に持ち出すことはできないので、注意してくださいね」
それから、ぼくらは、しばらく読書をしていた。
「では、そろそろ閉館の時間なので、最後に挨拶をして終わりにしましょう。みなさん、今日はお疲れ様でした。また、次の機会に、お会いできることを期待しておりますでは、良い人生を」
その言葉とともに、辺りが真っ暗になった。
「どうもこんにちは。はじめまして。私の名前は、Kと申します。私は、あなたと同じ人間です。そして、ここは、どこでもない場所です」
「あなたは、どこから来たんですか?」
僕は質問した。
「わたしは、この世界の別の場所から来ました。」
「なるほど。それは、遠いところから、わざわざありがとうございます。ところで、あなたは、なぜここに来たのですか?」
「えっとですね。わたしは、この世界の別の場所に行こうと思ったのですが、なぜか、ここに来てしまって、困っているんですよ」
「そうなのですか。それは、大変でしたね。しかし、この世界に来ることができたということは、あなたは、特別な人だということです。きっと、あなたの未来は、素晴らしいものになりますよ」
「そうでしょうか? ありがとうございます。実は、わたしは、この世界で、何をすればいいのかわからないので、困っていたんですよ」
そこでぼくはこう提案してみることにした。
「そうだったのですか。それなら、ここで、働いてみませんか? もし、よろしかったら、ぜひ、お願いしたいのですけど」
「えっ、働くって、具体的には、どういうことをするのですか?」
ぼくはでたらめなことを言った。
「はい。具体的には、まずは、ここで生活していただくことになります。もちろん、仕事はありますが、基本的には、自由時間が多いですよ」
「なるほど。わかりました。では、こちらで、働かせてください!」
「はい。よろしくお願いします」
「ちなみに、この仕事をすると、お給料はもらえるのですか?」
「はい。もちろん、いただいております」
「おお、それは、助かります」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
「ところで、仕事は、具体的に、どのようなことをするのですか?」
ぼくはでたらめを続けることにした。
「はい。まずは、この建物の中で生活をしてもらうことになります」
「えっ、この建物の中にですか?」
「はい。そうです。」
「この建物の中には、いろいろな部屋があるのですよね?」
「はい。その通りです。」
「その建物というのは、どれくらいの大きさなのでしょうか?」
「そうですね。東京ドームと同じくらいの広さだと思ってください」
「えっ、そうなんですか!?」
「はい。」
「でも、この建物は、ずーっと遠くまで続いているのですよね?」
「はい。」
「では、その先に行くことはできないのですか?」
「いいえ。行けますよ。」
「本当ですか?」
「はい。」
「では、その先に行こうと思うのですが、どうしたら行けるのですか?」
「そうですね。まずはこの建物の中に入って、エレベーターに乗ってください」
「はい。わかりました」
「それで、階段で上に向かってください」
「はい。わかりました」
「そうしたら、外に出ることができます」
「なにか、特別な手続きとかは必要ないんですか?」
「はい。必要ありません」
ぼくは調子に乗り続けた。
「なにか質問はありますか?」
「あのー、この建物の中で生活をするということは、その、食事は、どのようにすれば良いのでしょう?」
「はい。基本的には、この建物の中で食事をしてもらって構いません」
「この建物の中で、ですか?」
「はい。そうです」
「では、外では、食べ物は手に入らないのでしょうか?」
「いいえ。外にもちゃんとしたお店はありますよ」
「なにか、特殊な条件があるのでしょうか?」
「いえ、別に、普通に食べればいいだけです」
「でも、ここでは、お金は使えないんですよね?」
「はい。使えません」
「じゃあ、どうやって買えばいいんですか?」
「その辺に売っているものを買ってくれば大丈夫ですよ」
「お金が使えないのに?」
「はい。でも、欲しいものを言えば、その人がその商品を売ってくれるはずです」
「その人って誰ですか?」
「それは秘密です。自分で探してみてください」
「わかりました。やってみます」
「ちなみに、わたしの名前は『ナビー』といいます」
「はい。よろしくお願いします」
ぼくは名前まで嘘をついた。
「では、そろそろ、お別れの時間です」
ぼくはこの辺で切り上げることにした。
「わかりました」
「では、さようなら」
「ありがとうございました」
「それでは、頑張ってください」
「はい」
Kは去った。
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