第11話
「うわあ、おっきなおうち……」
霧の中、木に囲まれてあったのはそれはそれは立派な洋館だった。壁はくすんでいるが白色をしていて、屋根も若干色が褪せているが青っぽい。概ね二階建てだが四階分の高さのある塔部分が三ヶ所にょきにょきと伸びており、カンタベリー大聖堂を彷彿とさせる。あれはゴシック様式だっただろうか。
夢ちゃんの記憶では、こんなところにこんなお屋敷無かったが……最後にここに来たのは事故の少し前だ。正確にはここから少し離れた桜の名所を訪れたのだが、こんなに大きな建築物、山の上から見渡せば見えるだろう。なのに気付かなかったと云うのは、ちょっと妙だ。
大きな黒馬は、洋館に向かって声高に鳴いた。俺はちょっと吃驚して馬を見上げる。するとがちゃり、洋館の方から音がして、今度はそっちを向いた。ぎいぃと軋みを上げながら玄関扉が開く。そこには長身で、すらっとしているのに胸は大きく、腰まである黒髪の美しい女性が立っていた。深い藍色のマーメイドドレスが良く似合っている。
「あらあら、可愛らしいお客さん。迷子かしら。こちらへいらっしゃい」
優しそうな顔立ちの美女が童女の様にはしゃいで夢ちゃんを呼ぶ。俺は怖ず怖ずと彼女へ近付いた。
「夢って云います。夢、迷子になっちゃったの。お電話借りられますか?」
見上げて云うと、彼女は膝を折って夢ちゃんの頭を撫でる。
「ごめんなさいね、夢ちゃん。ここには電話が無いの。でも、取り敢えず霧が晴れるまで、中で休むと良いわ。そのあとの事はその時考えましょう」
申し訳無さそうに眉をハノ字にして彼女は云う。美女にそんな顔をされると、こっちの方が罪悪感を覚えるのだから男と云うのは全くバカだと思う。
「良いの? 夢、いっぱい歩いて疲れちゃった」
やや俯き加減に、彼女を窺う様にもじもじしながら云う。我ながら女児のフリが板に付いた物だ。
「勿論。ベッドを貸してあげるから休むと良いわ。お腹は空いてない?」
手を取られる。俺は抵抗せずについて行きながら、
「お腹はね、大丈夫。夢、おやつ持って来てるから!」
にこーっと笑って答えると、彼女もにこっと笑い返した。
「そう。夢ちゃんはどうしてここに来たの?」
「んっとね、夢お友達を探してるの。それで歩いてる内に霧がいーっぱい出てね、迷子になって、そしたらお馬さんが連れて来てくれたの」
少し迷ったが、こう云う時、なるべく嘘は少ない方が良い。俺は殆ど正直に答えた。
「お友達を探しているの?」
まあ、と空いている方の手を口元にやり、少し驚いた風を装う美女。様になっているな、と思う。
「うん。昨日から帰ってないんだって」
「夢ちゃん一人で探しているの?」
「パパとママも探してるよ。お友達のパパとママも探してるみたい。夢はお留守番だって。夢も心配なのに」
だから探しに来たの、と頬をぷくっと膨らませて見せる。美女は微笑して夢の頭を撫でた。
「夢ちゃんはお友達想いなのね」
えへへ、と照れ笑いを浮かべて見せると、女は目を細めて夢ちゃんを見た。
洋館の中をそうして歩いたのち、奥の方に連れて行かれてあるドアの前で立ち止まる。
「ここ、お客様用の寝室の一つなの。ここで休むと良いわ。霧が晴れたら教えてあげる」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「あら、ふふ、お姉ちゃんだなんて。おばさんで良いのよ」
「えー、おばさんって、ママよりずっと年上の人と、あとパパとママの姉妹に使う言葉だってママが云ってたよ。お姉ちゃんはママより若いから、お姉ちゃんで合ってるもん」
少し驚いた顔をして見せる。それから、夢ちゃんがもっと小さかった時に夢ちゃんのママに云われた事を引き合いに出して自分の正当性を主張してみる。すると美女はおかしそうに笑って、
「でも、私、きっとあなたのママよりずーっと年上よ」
「……見えない!」
云って、笑い合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます