第10話

 更に二時間は歩いただろうか。子供の歩幅だがかなりの速度で殆ど休み無く歩いていた為、街外れの方まで来てしまった。本当にこんなところに若葉ちゃんが居るのだろうか。

「うーむむむ? おかしいにゃあ」

 ダヒが空中でくてんと体を横にし身をくねらせながら唸る。足を止めて彼を見上げた。

「どうしたんだ、ダヒ」

「若葉ちゃんの痕跡が分かり難くなってきたにゃ。多分、やっぱり悪性の妖精が絡んでるにゃ。その妖精の気配と混ざったり、魔法も使われてるかもしれにゃいにゃ。それと……」

 云いかけてきょろきょろ辺りを見回す仕草をするダヒに、首を傾げる。

「……やっぱり、他の行方不明の子供達もこの辺りに居るにゃ。子供特有の甘くて乳臭い良い匂いがすごーく濃いにゃ」

「……そんな匂いすんの?」

 思わず夢ちゃんの腕を嗅いでみる。良く分からなかった。

「ニンゲンにはあんまり分からにゃいと思うにゃ。ミルクを飲んだ直後の赤ん坊に蜂蜜を塗ったくった様にゃ匂いだにゃ」

「……ほんとに赤ん坊に蜂蜜塗ったくるなよ。ボツリヌス菌で死ぬからな」

「……ニンゲンって、脆いにゃあ」

 にゃんで蜂蜜で死ぬのかにゃ、とダヒは心底不思議そうに呟いた。蜂蜜じゃなくてその中に含まれるボツリヌス菌の所為で死ぬのだが……まあ、妖精に菌とかって概念無さそうだし、説明が面倒だからそう云う事にしておこう。

「で? どうするんだ。これ以上追えないのか?」

「姿を消す魔法を解いて良いにゃらにゃんとかするにゃ。割けるリソース量が決まっているから、魔法の執行数は少にゃい方が良いんだにゃ」

 云われて俺は周囲を見回す。

「まあ、この辺は人気が無いし、良いだろう。でも浮いてる猫は目立ち過ぎるから、ダヒだけ姿を消したままに出来るか?」

「俺は小さいから姿を消す魔法にそんにゃにリソースを割かにゃいから大丈夫だにゃ」

 ダヒが何やら歌う様に短く唱えると、夢ちゃんの体がガラスじゃなくなる。ダヒの姿は見えなくなった。

 それからまた少し歩いて、合計歩行時間が三時間を超えた頃、辺りに霧が漂い始めた。いや、多分もっと前から霧は出ていた。ただはっきりと視認出来、気付いたのが三時間歩いてからだった。

「この霧の中を歩くのは危ない気がするが……」

 魔法を使えるダヒが居れば大抵の危機は何とかなる気もするが。どうしたものかと足を止めて考え込む。ダヒのガイドは躊躇いがちになり、捜索効率も悪い。出直すべきか。しかし若葉ちゃんの安否も気になる。考え込んでいると、ぶるるん、と生き物の呼吸音が聞こえた。

「……馬?」

 聞き覚えのあるその音は、確かに馬の出す呼吸音だった。次第に蹄の音が近付いて来て、大きな影が霧をかき分けやって来た。それはつやつやとした黒毛の、黄色く輝く目をした馬だった。

「な、何でこんなところに……」

『そいつはプーカと云う妖精だにゃ。悪性を感じるにゃ。幸い姿を消した俺には気付いていにゃい様だから、ばれる前にはにゃれておくにゃ。気を付けてくれにゃ」

 脳内に響くダヒの言葉と、目の前の大きな草食動物に内心めちゃくちゃびびりながら、俺は身動き出来ずに固まっていた。すると大きな馬がそっと歩み寄って来て、その顔を俺の顔に寄せて来た。

「……人懐こい。こんなところに野生のお馬さんが居る訳無いもんね? どこから来たの?」

 少なくとも今すぐどうこうしてくるつもりは無い様なので、冷や汗をかきながら俺は夢ちゃんモードに入る。そっと額の辺りを撫でてやると、黒馬は気持ち良さそうに目を細めた。

「夢、迷子なんだあ。お馬さんのおうちの人に助けてもらえないかな? 連れてってくれない?」

 ダヒに気付かれない距離を保って付いてくる様に頭の中で指示を出しながら、馬に甘える。すると馬は返事をする様にぶるるん、と息を吐いて、俺に背を向けてこつこつと数歩進み、ついて来いと云う様にこちらを振り返って尻尾を振った。

「……連れてってくれるの?」

 またぶるるん、と応える黒馬に小走りで近付いて、並んで歩き出した。

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