第9話

「夢、一人でお留守番出来る? ママとパパは若葉ちゃんを探しに出かけなくちゃいけないの。お昼ご飯はダイニングのテーブルにあるし、晩ご飯までには帰って来るから」

 慌ただしく支度をする夢ちゃんの母親に云われ、俺は頷いた。

「おうちから出たらいけない?」

「どうしてもって時以外はね」

 夢ちゃんの父親が夢ちゃんの頭を撫でて答える。

「分かった。気を付けてね」

 二人を見送って、テレビに視線を戻し、玄関の鍵を閉めて離れて行く音に聞き耳を立てた。完全に音が聞こえなくなるのを待って、俺は部屋に駆け戻りリュックとポシェットを持ってリビングに戻る。清潔なタオルを何枚か、物置き部屋のロープと懐中電灯、冷蔵庫の中にある五○○ミリリットルの水のボトルを一本、そしてカロリーの高いチョコレートを少しリュックに詰めた。本当は水も食料ももっと持って行きたかったが、夢ちゃんのリュックにはそれ以上入らない。

「くそ、結構不便だな、小学四年生」

「水やチョコレートを持って行ってどうするにゃ?」

「若葉ちゃんに飲み食いさせるんだ。何か食べてれば良いけど、そうじゃないなら……昨日のお昼から丸一日飲まず食わずじゃ、体力の無い十歳にはそうとうきつい筈。最低限水分とカロリーを摂らせないと」

「他の子達の分も……」

「一緒に居るかも分からんし俺にとって大事なのは夢ちゃんの幼馴染みの若葉ちゃんだけだ。あんまり物を持って俺が身動き取れなくなっても困る」

「……君、意外と薄情だにゃ」

 呆れた様なダヒの声。

「冷静だと云ってくれ」

 俺はリュックを背負いポシェットを首から下げ、家の鍵を手にテレビを消して外に出た。

「ダヒ、お前の姿だけじゃなく、俺の姿も消してくれ。若葉ちゃんを探している人達に夢ちゃんが見付かると家に戻される」

「お任せだにゃ!」

 ダヒが俺に両前足を翳す様にして何やら呪文を唱える。次第に夢ちゃんの腕が、足が透けていって、まるでガラスで出来た少女になった。見るとダヒも同じ様に透けている。

「この魔法をかけられた者同士だけがお互いを視認出来るにゃ。普通の人間にはまるきり見えにゃいにゃ。でも動物には匂いや気配でばれる場合があるから、気を付けるにゃよ。あと、声は普通に聞こえるにゃ」

「分かった。行こう」

 俺は玄関を施錠し鍵をポシェットにしまい、ダヒの先導で歩き出した。三十分は歩いただろうか、子供の足なので大した距離ではないが、そろそろ疲れて来た。生前は一時間のウォーキングくらい軽かったが、子供の体力と筋力ではそろそろ厳しいかもしれない。

「ダヒ。夢ちゃんの体力の限界みたいだ。魔法でどうにかならないか?」

「それならブーストの魔法を使うにゃ。速度上昇、体力増加辺りでどうかにゃ?」

「どの程度強化される?」

「歩く速度は大人の競歩くらいになるにゃ。体力は夢ちゃんの体だと、まあ丸一日歩けるくらいにはなるにゃ」

 歩きながら少し考え込む。三十分歩いてから云うのもなんだが、効率が悪いな。

「屋根から屋根を飛び歩いたり、空を飛んだりって事は出来ないのか?」

「ちょっと難しいかにゃ。姿を消す魔法と空を飛ぶ魔法は併用出来にゃいから、とても目立ってしまうにゃ。屋根から屋根へ飛ぶと音や衝撃で家の人間に不審がられるにゃ」

「じゃあ、ダヒが先に若葉ちゃんの痕跡を居って、場所が分かったら俺と一緒にワープとかは?」

「むむむ……確かに夢ちゃんと一緒に歩いていて効率の悪さは俺も感じていたにゃ。夢ちゃんの安全上、別行動はあまり取りたくにゃいんだけど……」

「安全上?」

 思わず足を止めてダヒを見上げる。

「夢ちゃん、そして君の魂の素質は世界中を探してもそう居にゃいレベルだにゃ。悪性の妖精にまだ見付かってにゃかったのは幸運にゃのにゃ。まだ変身や魔法の扱いににゃれてにゃい内に奴らに捕捉されると、攫われたり洗脳されたりして奴らの駒にされちゃうかもしれにゃいんだにゃ」

「おいそう云う事は早く云え」

「俺が側に居られれば隠蔽の魔法が使えるから大丈夫だにゃ!」

「そう云う問題じゃねえ」

 しかしそう云う事なら仕方がい。戦い以外では変身したくないし(恥ずかしいから)、ダヒと一緒に行動する方が良いだろう。俺は夢ちゃんの体にバフ系の魔法をかけてもらって、そして漸く冒頭に至るのだった。

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