第8話

 その日の夜、家の電話が鳴った。俺と夢ちゃんの父が音につられて動きを止め、夢ちゃんの母はぱたぱたとスリッパを鳴らし電話機へ向かう。

「はい。……ああ、若葉ちゃんママ。どうしたのこんな時間に」

 ああ、若葉ちゃんの母親か。明日子供を連れて一緒に出かけないかとか、そう云うお誘いだろうか。もう夢ちゃんは寝る時間だから、午後九時を回っている。お友達の家に電話をかけるには、少し遅い時間な気がした。

 俺は夢ちゃんに用事があるかもしれないと思い、夢ちゃんの部屋に行く為に浮かしかけた腰をソファに沈めた。

 明るい声を出していた母が急に声を潜め、眉を顰め、深刻そうな様子を見せる。俺はつい聞き耳を立てていた。

『……まだ帰らなくて。お昼ご飯のあとに出かけて来るって云ったきり。十八時頃から主人と近くを探しているんだけど。お宅に伺ったりしてないかしら。昼間でも』

 若葉ちゃんの母親の声が漏れ聞こえて来る。俺の眉間に皺が勝手に寄った。

 まだ帰っていない? もう二十一時だと云うのに。六月。もうこの時間の外は真っ暗だ。小学生が出歩いて良い時間ではない。やんちゃな男の子なら遊びに夢中でだとか、一人で遠出してしまったとかも考えられるが、若葉ちゃんは人見知りで、引っ込み思案で、夢ちゃん以外に友達と云える子なんて殆ど居ない。その夢ちゃんと遊ぶ時だってどちらかのおうちが良いと云う子だ。それがこんな時間まで帰らないなんて。

「いえ、うちには……今日は一日夢と家に居たけど、来なかった」

 そう、と落胆した呟きが微かに聞こえて来る。子供は耳が良いなあ、と場違いな事をちょっと思った。

「学校に連絡は……してないのね。じゃあ私から担任の先生にかけておくわ。で、私と先生で手分けしてクラスの子達の家にかけてみるから。……うん、うん。ご主人は今……まだ探しているのね。ええ、ええ。あなたは家に居た方が良いわ。若葉ちゃんが帰って来たり、連絡が来るかもしれないもの」

 気をしっかりね、と云って電話を切る夢ちゃんの母親。そしてこちらを向くと、俺と夢ちゃんの父親に手短に事情を話し、そして俺へと向き直った。

「若葉ちゃん、昨日どこかに行くとか、云ってなかった?」

 俺は首を左右に振る。不安げに眉尻を下げながら。

「じゃあ、若葉ちゃんがどこに居るか、心当たり無い?」

「んっとね、若葉ちゃんと遊ぶ時はいっつもどっちかのおうちだし、分かんない」

「そうだったね。お外で遊ぶって行ったらあの公園くらいだけど……今は二人共、あそこ嫌いだもんね」

 うん、と頷く。あとは何度か両家族合同で近くの山にハイキングの様な事をしに行った事もあるが、あそこは車で行く様な距離の場所だし、まあ無いだろう。

「夢も心配だと思うけど、もう遅いから寝なさい。あとはママとパパが頑張るからね」

「はあい」

 おやすみなさい、と云って、俺は夢ちゃんの部屋へと階段を上がって行った。部屋に入ってドアを閉めたところで、ダヒが姿を現して大慌てと云う様子で喋り出した。

「大変だにゃ! 最近この辺りで魔法少女になり得る歳のおんにゃの子達が相次いで行方不明ににゃってる事ときっと関係があるにゃ。調べにゃいと!」

「え、嘘、そんな事になってんの?」

 俺が云うと、ダヒは呆れた様なリアクションをする。

「今朝のニュースでも云ってたにゃ。十歳から十三歳の女の子が何人も行方不明だって。若葉ちゃんも十歳だにゃ。もしかしたら悪性の妖精達が敵対勢力に当たる魔法少女を増やすまいと、素質のある子達を攫っているのかもしれにゃいにゃ」

「だとして、どうやって調べるんだ? 俺は今、ただの十歳の女児だぞ」

「それは俺がやるにゃ。実は最近夢ちゃんが寝ている間とかに街を魔法で調べていたのにゃ。恐らく妖精の仕業だと云う事は分かっているけど、どう云う妖精がどうやって、そしてどこに子供達を攫っているかがまだ分かっていにゃいにゃ。でも、若葉ちゃんが攫われたのにゃら、いつも一緒に居たから追いかけやすいにゃ。一緒に行くのにゃ!」

「うん、明日な」

「どうしてだにゃ! 一刻を争うかもしれにゃいのに!」

 がう、と噛み付かんばかりに迫って来るダヒを俺は押し退けた。

「今の俺は十歳女児。しかも退院したばかり。友達が行方不明になったところ。こんな時間の外出が許されると思うか?」

「ぐぬぬ……その通りだにゃ。じゃあ明日朝早くに――」

「十時以降だ。いつも見ている番組を見ないのは不自然だからな。ニチアサ見ないと」

「友達が行方不明にゃのに!?」

「気もそぞろって感じで見て、心配だから近くだけだから探して来ていーい?ってお願いするんだよ。その方がただ一人で外出するより許可が出やすい。もし両親が渋ったら、魔法で上手く気を逸らせるか?」

 訊くとダヒは腕組をして、うーんと首を傾げた。

「ご両親が出かける様に仕向ける事は出来るにゃ」

「じゃあ許可を取るのはやめて、二人が出かけたあとにこっそり出かけよう。俺が魔法少女に夢中なフリをしている内に二人が出かけざるを得ない様にしてくれ」

「あいあいさー! だにゃ」

 俺は遠足の時なんかに使う赤色のリュックを用意し、必要な物資は明日家中から拝借する事にして、少ないお小遣いが入っているがま口ポシェットと一緒にテーブルに置き、ベッドに潜り込んだ。

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