第12話
美女と別れ、部屋のドアを閉める。十二畳程ある部屋の奥にセミダブルのベッドがあり、中央には丸テーブルと椅子が二脚。小さい窓が一つあって、ドアの脇には洗面台があった。ベッドの足側の壁には小さなクローゼットがある。この部屋にあるのはそれくらいの物だった。
俺はそっと窓を開けて周囲を窺った。
『夢ちゃん! 無事で良かったにゃ』
ダヒの声が脳内に響く。
『入って来い。んで姿を見せろ』
「もう入って来てるのにゃ」
目の前にダヒが姿を現す。俺は音を立てない様に窓を閉め、ベッドに腰を下ろした。
「あの美女は何者だ?」
「ハッグと呼ばれるモノだにゃ。妖精とも精霊とも、悪霊であるとも云われているにゃ。日本で云う鬼婆だにゃ」
ダヒは俺の目の前でぷかぷか浮かびながら話す。俺は眉を顰めた。
「鬼婆って云ったら、その名の通り婆さんの姿をしているもんだが……」
「ハッグも大抵は醜い老婆とされるにゃ。ただ、性質が所謂魔女と似ていて魔法が使えるのにゃ。その魔法で姿を偽ってるんだにゃ。山のにゃかに住み、訪ねて来る人を取って食ってしまうと云われているにゃ。それから眠っている者に悪夢を見せるとも云われているから、ここで眠ったら絶対に駄目だにゃ。出された物を食べるのも駄目にゃ。ヘンゼルとグレーテルって童話の魔女はハッグだったとも云われているのにゃ」
真剣な顔でダヒが解説してくれる。
「まあ、寝る気も、何か出されてそれを食べる気も無いけど。今ハッグやプーカがどこに居るか分かるか?」
訊くとダヒは目を閉じて、
「……どちらも家の外だにゃ。でも家のすぐ近くに居るから、派手な事をしたらすぐにバレるにゃ」
「奴らが家に入って来たりしたらすぐ分かる様に出来るか?」
「俺が感知して知らせるので良いかにゃ?」
「オーケイ。じゃあ、若葉ちゃんを探しに行こうか」
「……他の子供達も探してあげて欲しいにゃ」
「行くぞー」
俺はダヒの言葉を無視してドアを開ける。ダヒが後ろで肩を落とすのが分かったが、それでも無視をした。まあでも、道中で見かけたら助けてあげるつもりはあるよ。
内心でそう思いつつ後ろ手にドアを閉めて廊下を見回す。ここに来るまでにも思ったが、結構細い通路が入り組んでいて迷子になりそうだった。それが狙いでこう云う構造なのかもしれないが。俺は生前ゲームが趣味の一つで、RPGなんかも結構やったから、脳内でのマッピングでまあ間に合うだろう。
「ダヒ。魔法とかで俺の動きが感知される可能性は?」
訊くと、ダヒは周囲を探る様な仕草をした。
「そこまでの事はされてにゃいにゃ。多分、眠り薬の入った菓子とか食べさせて、早々に眠らせて悪夢を見せているのにゃ。夢ちゃんはにゃにも食べにゃかったけど、疲れていると云っていたからすぐに寝るだろうと思ってるんじゃにゃいかにゃ」
「じゃあ、無造作にドアを開けても平気か」
云いながら目の前のドアを開ける。そこは俺が案内されたのと同じ様な部屋で、ベッドには赤いロングヘアーの勝気そうな、多分一つか二つ年上の女の子が眠っていた。眉根を寄せて苦しそうな顔をしている。悪夢を見せられているのだろう。
「……ま、そう簡単に囚われのお姫様の元へは辿り着けないよな」
「その子もお姫様にカウントしてあげて欲しいのにゃ」
がっくり、肩を落としてダヒが云う。
「この子を起こしてハッグにばれないか?」
「それは大丈夫だと思うにゃ」
「普通に起こして起きるのか」
少女の顔を覗き込みながらダヒに訊く。ううん、と彼女は小さくうなされていた。
「助けてあげるのにゃ!? それは良い事だにゃ。普通に起こせる筈だにゃ」
「いやまだ起こさないけど。見付けた子見付けた子起こして連れてたら足手まといにも程があるし」
女の子からダヒに視線を移して真顔で答えると、ダヒはあんぐりと口を開けて俺を見返した。
「もっと優しい人間だと思ってたのににゃ……」
「優先順位をきっちりしてるだけだ」
人を優しくない人間みたいに云って。心外だ。
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