悪役令嬢に出てくる王子はアホと賢いの、どっちがいいのか

tomomo256

第1話


「なぁ…、この本の王子ってなんでこんなにアホなんだ……?」


 そう言ってきたのはエルスター侯爵家の令息であるアルベルト・エルスターだった。


 図書室の一角に腰掛けながら微妙な表情を浮かべている。


 机の上には経済学の資料や本と一緒に最近巷で流行の『悪役令嬢物語』の小説が置かれていた。


 話を聞くと、どうやら彼は俺の妹であり、彼の婚約者でもある侯爵令嬢のソフィア・フォルティスにこの本を読むように勧められたらしい。




 『それを読んで少しは乙女心を学んでっ!』




 と言われたそうだ。


 彼は少々ガサツなところがある。それを口実にソフィアはあの本を手渡したのだろう。


 ソフィアは婚約者のことが好きなのに素直になれない部分が昔からあった。きっと今回も言葉の裏に隠した思いがあったのだろう。


 真剣にその本について悩んでいる姿を横目で見ながら、俺は今まで読んでいた分厚い歴史の書物をゆっくり捲ることにした。






「大勢の前で結婚破棄を言っているけど、それをやったらお互いに悪評が立って損じゃないか?王子なんだからそれくらいわかるだろ。しかも自分の方が違う子好きになっているんだし」


「そう言われても架空の話だしな。インパクトが強い方が人は話に惹かれるものだろう?」



 彼が言いたいことはわかるが、この手の小説は現実には起こらないことを面白おかしく語るから惹きつけられるのだろう。



「俺たちだって昔は竜を召喚して手懐けたり冒険に行く物語が好きだっただろう?」


「うっ。それはそうだけど、なんか気になっちゃってさ。この悪役令嬢って有力大貴族ってあるだろう?対する王子の想い人は身分が低い男爵令嬢だ。要は後ろ盾となるものを取るべきか、自分の好きな人を取るべきかって感じだよな?」


「ああ、そうだな」


「もしも婚約破棄した場合、その時点で周りは愚王と評価するかもしれないだろう?更に王妃の生家の身分も低いとなると王妃の発言力も弱くなるんじゃないのかな」


「なんだか、ソフィアが言いたい要点からずれている気がするけど……。まぁ、王を侮るような家臣が、引きずり落とそうと画策したり。又は上手く転がして操るとか。使えなくなれば幽閉とか起こりそうではあるよね」


「だよなぁ。それか、王子が指導者として政策面で周囲を納得させるとか…。結果を出すまでに時間が掛かりそうだけど」


「そうだな。この物語の王子は自意識過剰で、盲目で、自分のことを過大評価しているからそんな大胆なことをしたのかもしれないね」



 少し現実よりに考えると…、といった話ではあるけれど。



「でも、そこまでのものを読者は求めていないんじゃない?簡潔で尚且つ普通じゃありえないことをするから気になって読みたくなるんだろ。ティアラとソフィアも次の話はどうなるんだろうって話しているのをよく聞くよ」



 自分もランチの時間に、よくソフィアと婚約者であるティアラがこの話題を持ち出すのを聞いていた。


 ティアラは夢見がちな小柄な少女で、こういう話は大好きだった。


 悪役令嬢の復讐劇や、大逆転な恋愛になる展開がとてもわくわくするのだと楽しそうに語っていた。



「小説に現実味を持たせたら、それはそれで深みが出るけど、やり過ぎたらドロドロしたものや真面目な硬い話になってしまうだろう?それではつまらないんだろうね」


「ふーん。そういうものか……」



 アルベルトはまだ少し納得がいかないようだった。



「好みの問題な部分もあるしね。これは『恋愛』や『スカッとする話』が重要なようだし。まぁ、そうは言っても俺も全部はわからないけれどさ」



 女性の好むものをすべて知っているわけでもないからあくまでも憶測でしかない。


 ただ、ティアラが話してる様子を見ると、ぽわぽわと夢に浸りながら語るのでそこら辺が好きなんだろうな…と思ってのことだった。



「でもじゃあさ、もしもこれが賢い王子だった場合どうなると思う?」

 

「うーん…。ドロドロ?」


「ははっ。まぁ、そうなるよなぁ。例えば、さっきの設定のまま話すとなると。普通に悪役令嬢と結婚する。その間、意中の男爵令嬢とは愛人関係継続。…二股か」


「その関係を維持し、悪役令嬢を何らかの方法で暗殺。毒殺とか妊娠出産時に殺害計画とか…?殺害後、男爵令嬢と結婚するとか」


「わー……嫌だな」


「それか、悪役令嬢と結婚。側妃に男爵令嬢を置く。悪役令嬢を暗殺し、男爵令嬢を側妃から王妃の座に移すとか?しきたりとか格式的な条件があったりするから正妃に移せるかは国によるか…」


「…………なんかもう、そんな話になったら楽しく読むって感じじゃないな」



 この展開の話を読むティアラを想像してみるも、なんだか合わないなと思った。



「……俺、やっぱりシンプルに王子が馬鹿な話の方が平和でいいわ」


「ふふ…。本当だな。……というか、論点ズレているからな?」


「え?」


「ソフィアがお前にそれ読んでほしかった理由」


「え、あれだろう?この中に出て来るようなお姫様抱っことか、壁ドンとかやってほしいってことだろう?」


「他は……?」


「え、他?く、口説き文句とか?」


「違うよ。ソフィアが言いたかったのはそこじゃない」



 え?だってこれ読んで乙女心をって言ってたし……と首を傾げている。



「アルッ。それにお兄様も一緒だったのね」



 そこに現れたのはソフィアとティアラだった。



「ちゃんと読んでくれたのかしら?」


「ああ、滅茶苦茶真剣に読んだぞ。しかも今そのことについてカイルと語り合っていたとこだし」


「え?お兄様も一緒に?な、なにを喋っていたの?」



 急にそわそわしだす。


 それはそうだろう。このような女性ものの小説を大の男二人が何を語るというのか……。


 ティアラもどこか興味津々といった感じでこちらを見ている。



「王子は馬鹿であるべきか、賢くあるべきかについて話してた」



 ドヤ顔でそう答えるアルベルトと対照的に、ソフィアは目を点にしていた。



「そ、そんなこと考えてほしくて読ませたわけじゃないわよ。ほ、他にはないの?このシーンよかったとか、あのシーンドキドキしたとか。楽しかったところは?」


「え、あっ。そういうこと?」



 アルベルトはチラッとこちらを見て聞いてくる。


 それを肯定し軽く頷いてみせた。



 ソフィアが本当に求めていたこととは『共感してほしかった。もしくは一緒に好きなものについて話したかった』ということだったのだろう。



 アルベルトが、ソフィアの好きそうなシーンを話し出し、ここがよかったなどと言ってやると次第にソフィアは上機嫌でその倍の感想を話してきた。



「カイル様も、読んだのですか?」


「え……」



ティアラが傍に来て目をキラキラと輝かせている。


 これは『私も話したい』ということか。



「…う、うーん。さわり程度かな」


「そうなんですね……」



 あからさまにガッカリとしょげた顔をされる。



「……ティアラはどの本がお勧めだったの?」



 その言葉にパッと表情が変わる。



(しょうがない。この手の本は眠くなってしまうのだが、愛する婚約者の為に努力してみようかな)



 重い腰を上げ、彼女の話に耳を傾けることにした。





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