禁足地(11分20秒) 語り手:重石 一【創作怪談】
2009年 12月31日 21時36分 都内某所の河川敷にて
備考:
再生開始
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こんな大晦日まで、ご苦労やなぁ。暇なんか、アンタ。
オレみてぇな
ハァ……アンタ、怖い話が好きなんやってな。茂ちゃんから聞いたわ。あの、ハゲの歯無しのジジイや。昨日、言いふらしとったわ。兄ちゃんか姉ちゃんか分からん奴が、怖ぁい話を集めて周っとるって。大きな声で、金貰うた言いよるから、きっと他ン奴らもアンタに押し寄せてくるやろなぁ。ホンマアホやわ、黙っときゃバレへんのに。そんなんやから、嫁に愛想つかされて家追い出されんねん。
んまぁ、茂ちゃんがどんな話したか知らんけど、オレならもっとええ話できるで。アンタやから教えるけどな、これはオレで終わらす話やから。絶ッ対に、人に教えたらアカンで。
禁足地、って知っとるか? 文字通りな、入ったらあかん場所って意味や。
曰く付きの神社とか……森とか、ガキのころに、かぁちゃんに入ったらあかんって言われたことくらいあるやろ。まぁ、下手に手ぇ出さん方がええ場所やな。大体そういうとこは、深ーい山奥にあんねん。
でもな、たまぁーに、なーんも事件も起こってへん、普通の街中にポツンとあったりすんねや。
オレはな、今でこそこんなボロの家で暮らしてんけど、若い頃はヤンチャしててなぁ。今はもう無くなってんけど、██組っていうとこでお世話になってたんや。拾ってくれたオヤジに報いるために、なんでもやった。ほれ、左手の小指と薬指がないの、若い頃の怪我のせいや。
まぁそんなこんなで、ここじゃ言えへんこともやっとったわけなんやけど。ある日な、よく世話してくれとったアニキが急に家に訪ねてきてん。オレが18の時やから……昭和28年か? アパートに黒塗りの車を横付けされて、乗れぇ言われたから助手席に乗り込んだ。後部座席に、知らん女の死体があったからなぁ。
「あ、アニキ。こいつ、誰ですか」
「俺んとこの
アニキは普段、温厚やったけど、キレたら手ぇつけれん人でな。そんな性格やから、殺してしもうたんやろうな。
組ン中でも、どこどこの山が埋めても見つからんとか、海に捨てる奴はあほんだらやとか、噂程度には聞いとったけど、とうとうオレも死体を埋めんとアカンくなったんかーと、そら恐ろしゅう感じたわ。
そっからなんも話さずにぼーっと外を眺めとったんやけど、いくらたっても山ン中に入っていかへん。どんどん知らん街ン中に入っていく。どこに死体を持っていくつもりなんか聞こう思うたとき、ある路地裏の前に車が止まったんや。
降りてみると、そんな遅い時間でもないのに、人通りが全く見えへんかった。真っ暗で、懐中電灯がないと辺り一面暗闇やったわ。そん時のオレは、女の死体を背負って、路地裏を先にいくアニキの後をついていくしかなくてな。ほっそい女だったのに、背負ってみると重かってん。死体はめっちゃ重いでぇ、覚えときや。
「ここらへんか。おい、一。このゴミ箱から向こうに、そいつ
「どういう意味っすか……?」
「ええから、早よ。おもろいモン見れんで」
見たところ、普通の汚い路地裏やったから、ホンマにアニキは何を言うてんねやと……でも言う通りにせぇへんとオレもシバかれるからやるしかないわな。ひぃひぃ言いながら死体を下ろして……若い奴は知らへんか。昔はゴミ箱がなぁ、コンクリートで出来とったんや。ゴミ箱を目印にして、目一杯死体を蹴り上げた。
あの光景は忘れられへん。
ゴミ箱を越えた瞬間、フッと死体が消えたんや。ホンマに何もかんも、全部やで。服も、体も、靴も、全っ部消えたんや!
オレは口をあんぐり開けて、ただただアニキの方を見るしかなかったわ。
「な、すごいやろ。ここな、消えんねん。死体が」
車でその路地裏の前まで進めば、なんでか知らへんけど誰も近くを通らんし、証拠も一切残らん。山に埋めたりコンクリ漬けにするより、よっぽど効率がええんやって。やけど、ゴミなんかは消えへんのよ。ゴミ箱の向こう側に、タバコの吸い殻がぎょーさん落ちとった。古いのも新しいのも。消えるのは死体だけ。こんなこと信じられへんと思うけど、オレはこの目でバッチリ見たんや。ホンマやで!
その日から、オレはアニキの死体処理を手伝うようになってな。いや、そんな毎日死体が上がってくるわけではないけど。たまーに、たまーによ。オレが直接手出したわけやないし、時効やろこんなん。多少小遣いもくれたから、割のえぇ金稼ぎや程度に考えとったわ。まだ、ぎりぎり生きとる奴を連れていったこともある。他の奴らと同じく消えてったけどな。
でもな、だんだん、アニキに呼び出されるペースが早くなってったんや。最初は1ヶ月に1人おるかどうか程度やったのが、3人、4人と増えてって、アニキは何をやっとるんやと……まぁ、特に深いことも考えずに手伝っとった。オレの知らんところで、死体処理をオヤジに任されとったんかもしれん。アニキの言動も、だんだん変になってってなぁ。瞬間湯沸かし器みたいにすぐキレるよぉなって、いつ会おうとイライライライラしとった。1年ぐらいか……経った頃はもう、1週間に2回はあの路地裏に通っとったな。流石にオレも、おかしいなぁーって……
今日みたいな冬の日やったかな。ツレ何人かと、馴染みの店を飲み歩いててん。しばらく死体運びはやってへんかった時期やわ……アニキは馬鹿みたいに酔っ払って、介抱がないともう歩けんぐらいや。飲み食いしたもん全部出して、モゴモゴ喋っとったから、しんどいなぁ思いながら付き合っとってん。オレが1番ガキやったから、会計してもろぉとる間にな。
「アニキ、水もらいますか? いらん? しんどそうやなぁ……」
「お、おい、一、おい」
「はい? なんですか」
急に手ぇ引かれて話しかけられてん。もう、ゲロの臭いと酒の臭いがキツかったわ。そこで、言うたんや。アニキが。
「もうあかん、きとるわ。俺はもうあかん」
「やっぱり水もらってきましょか。大丈……」
「おまえ、お前な、あの路地裏、おい、路地裏に……死体を持ってけよ、なぁ」
「死体?」
うわ言みたいに、あかんあかんーって、路地裏に死体をーって、ずーっと呟いてんねん。
「なんですか、路地裏? 路地裏に行きたいんですか?」
「あーっ、あかん、ダメや、死体を……」
そう言うてすぐ、ふっ、とアニキが消えたんよ。その場から。その場やで!
えぇ? 思ってな、まわり見てもどこにもおらんし……意味わからんやろ。それは周りのやつらも同じでな。ツレもアニキが消えた瞬間を見とったし、辺りで飲んどる知らんおっさんも驚いてた。目の前で吐いてた人間が急に消えると、理解出来へんくて動けへんくなるというか……そん時オレは、初めて路地裏に行ったときを思い出してん。いや、思い出したというか、繋がったというか、あの路地裏のせいでアニキは多分、消えたんやろうなって分かった。
……やっぱりなぁ、うまい話ってないねん! あの場所に死体持ってかへんと、かわりに自分が消えんねん。そういう場所なんや、あっこは! わはは! アニキは、それを知らんかったんやろなぁ。オレがたまたま理解出来ただけで。多分な、アニキだけやなくて、あの路地裏は、そういうことがずーっと繰り返されてる! 山ほどあった吸い殻がその証拠やろ。誰かが死体を路地裏にほかしたせいで、それから路地裏は死体を求めとるわけや。アニキも多分、オレみたいに誰かに教えられて行く様になった口やろ。そんで、今度はオレが死体を持っていかへんと、同じように消えるんやってピーンと閃いたんや! 頭ええやろ?
……あぁ、これはオレが勝手に考えとることやで!? そんな、答えを誰かに教えられたわけやないし。でもまぁ、結果としてはあっとったわけや。
お、その顔! オレがこの歳までなんで生きとるんやって思ったろ。それがオレの賢いところや! せっかくやから教えたる。あん時、1人やと死体を調達するツテもないもんやから、オレは自分の入っとる組の奴らや、敵対しとる組の若い奴ら、よその組の奴らに路地裏のことを教えまくったんや。知ってる同業者全員に言ったかもしれん。そしたら、オレ以外の奴らが勝手に死体持ってってくれるんちゃうんかな〜って思ぅてな。
そしたら大当たりや! 教えまくった後、オレは大阪から逃げて、今の今まで東京で、病気ひとつせず元気に暮らしとる。まともに働くことはできんかったけどな! わはは!
██組の奴も、██組も、██組も、██組も、みーんなオレの代わりに死んでくれたんやろなぁ。知らんやろ? この名前。関係者みんな死んどるはずやからな。今まで残ってなくて当然や。
で、まぁ。次はオレの番や。
最近、アニキの最期のあのうわ言の意味がわかるよーになってきてなぁ。言葉の意味というか、なんであんな最期だったんかっていうことがな。
呼んでんねん。路地裏が。オレを。
行かな、死体を持っていかなアカンっていう焦りが、起きてる間も眠ってる間もずーっとあんねん。心臓の辺りがザワザワーっとして、禁酒したときの酒の飲みたさより何十倍も強い衝動やな。よく我慢できてると思うわ、うん。もう死んでもええかなぁって思えとるからかな。十分オレは生きたしな。組のやつらに感謝感謝や。
なんやその目。オレは悪くないで、結局██組の奴らが、死体を持ってっとったわけやから、結果的にオレは生き残ってんねん。奴らが我慢して消えてればよかった話やんか。
オレは誰も殺さずに、ただただ、オレで路地裏を終わらせよう思ってんやから。
とにかくなぁ、アンタ。世の中に、絶対関わったらあかん場所ってな、どこにでもあんねん。オレみたいにならん様に、気をつけてな。さ、なんぼくれるんや?
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再生終了
蒐集談 ゾンビ・ヒロミゴ @zonzonbe_hin
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