蒐集談
ゾンビ・ヒロミゴ
いるよ(9分17秒) 語り手:四倉 敦也
2019年 7月14日 19時22分 純喫茶████にて
再生開始
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……あ、もう話していいんですか。わかりました。
えっと、
5年前の話です。
僕は、県内からの学生がほとんどを占めるような、地方の大学に通っていました。別にやりたいこともなくて、適当に推薦で入った大学です。
たくさんバイトして金稼いで遊んでやろう、って思ってたんですけど、1年生は全員、どこかサークルや部活に所属しないといけなかったんですよね。中学校ならまだしも、大学ですよ? そんな制度があるなんて、僕も入ってから知りました。
熱心に運動する気もないし、入るところどこにもねぇじゃん、って悩んでたら、あるサークルを見つけたんです。
そこは表向きは創作サークルでした。写真、小説、イラスト、何を制作してもOKっていう。なんだかそういうことをする……あんまりオタクっぽい人に囲まれるのは……言葉悪いですけど、嫌だなって思いながら見学したんですが、そもそも人がほとんどいませんでした。広い部室に、部長と、部員がちらほらいる程度です。椅子がたくさん余っていたのをよく覚えています。
話を聞いてみると、僕みたいに、一応どこかに所属だけしておきたい人がよく入っているサークルだったみたいで……この大学には、いくつかそういう幽霊部員を歓迎している、実態のない組織がいくらかあって、そこもその1つでした。ちょうどいいや、ってよく考えもせず入部したんです。
結論からいうと、そのサークルの雰囲気は僕にかなり合ってました。当時は実家暮らしだったんですけど、同居していた兄とは折り合いが悪かったんです。だから、バイトがなくて早く帰らないといけない日は、部室で時間を潰していました。課題をやっていても、携帯をいじっていても何にも言われなかったので。
いつの間にか、暇な日は部室で過ごすのが当たり前になっていました。そして、だんだん部員とも交流するようになっていったんです。
夏休みが終わった頃だったかな……1個上の、
戸松先輩は、部長とはまあまあ話してたんで、2人の会話を密かに聞いていたんです。1人暮らしの自分の家の写真を使って、臨場感あるゲームを作るとか……なんか言ってましたね。
んで、そんな先輩を最近見かけないなと思っていたら、部長に相談されたんです。部長は事勿れ主義で、一応部長として仕切りはするけど、面倒ごとは嫌いと公言している人でした。
「戸松くんが大学にも来てないっていうから、軽く連絡してみてくれってゼミの教授に頼まれたの」
サークル以外で話したことがないから、どんなテンションで連絡すればよいのかわからないと言われたんです。正直、戸松先輩のことはあまり好きじゃなかったし絡みもなかったんですが、結局部長の携帯から電話してみることになりました。
「もしもし、戸松先輩でしょうか。四倉です」
「四倉? なんでお前が……」
……ガサガサの声でした。ろくに話したこともないのに、呼び捨てとお前呼ばわりがなんか嫌で、適当言って部長に変わりました。2人は結構、長い間話していたと思います……10分くらいかな。じゃあまた、と部長の声がしたんで見てみると、部長は怪訝な顔をして言ったんです。
「……お化けが出るから外に出られないって言ってる」
(四倉氏の注文が届いたため一時中断。3分後、再開)
えーっと、どこまで話しましたっけ。
……あぁ、電話の所ですか。
まぁ、そういう電話をした後、何日か後の夜に、3人で会うことになったんです。僕は部長の付き添いでした。帰りが遅くなったりしたら、女性1人だと夜道は危ないですからね。それで、部長がなんとか戸松先輩を連れてくるっていうんで、大学近くのファミレスで席をとって待ってたんですよ。席をとってからしばらくして、2人がやってきて……
戸松先輩はひどいあり様でした。髪の毛もフケだらけだったし顔色も、土気色? 態度もビクビクしていて、どうしたんだよっていう……。近くに座られると、その、臭いもキツくて。家から出られない人を、部長はどうやってここまで連れてきたんだって聞きたいぐらいでしたよ。
「単刀直入に言うけど、お化けが出るってどういうことなの?」
「……そのままの意味ですけど」
ぶすっとした顔で戸松先輩は言いました。そして、持っていた大きなカバンからPCを取り出して、おもむろに起動し始めたんです。僕の隣に座ってたんで、PCの画面がよく見えました。
「ほら、見てくださいよ。俺が作ったゲーム」
素人目でも、クオリティは割と高いように思えました。ストーリーも何も知らないのに、実際怖そうって思えるくらい。
「ここ! ね? 作ってる間に現れたんです!」
画面を強く叩き、目をはぎらついていました。玄関先からリビングにかけてのアングルを捉えた画像が写っていて、主人公のものらしきセリフは、ただいまとかいってきますとか、何気ない一言だったように思います。
画面には、女がいました。
あの、なんて言うんですかね。普通に立っていれば、絶対に来ないであろう高い位置に頭が見えて……天井すれすれに、右耳をピッタリとくっつけていました。その場面、全然怖がらせるようなタイミングじゃないんですよ。
女は、じっとりとした目線を僕らに送っているようでした。
戸松先輩は、「ほら、このシーンも」とか言いながら、画面を次々に展開していきました。1枚の写真に1人づつ、どこかしらに同じ女がいて、全員がこちらを見ていたんです。
「変でしょ? 俺、何もしてないんですよほんとに。なぁ、四倉もそう思うよな?」と、すごい勢いで振り向かれて、僕は何も言えませんでした。
傍目から見ても様子がおかしかったんで、この場では同意すべきだとは思いました。逆ギレされても恐ろしかったんで。でも、合成しただしてないだなんて、僕は知らないんですよ。制作の様子なんて見ていなかったから……
本当に勝手に幽霊が出たのか? と思いもしたんですが、部長の出方を伺ってから返答しようと思って、部長の方に顔を向けました。部長は、明らかに呆れたような表情をしていました。
「……あのさ、戸松くん。幽霊の画像、怖いシーンで合成してたやつでしょ? 前に見せてくれたじゃん。何もしてないって何?」
部長によると、その幽霊の女はもともと素材として、見せ場になるシーンで使っていた画像の1つだったというんですよ。
「自分で作った画像だって、すっごいドヤ顔で言ってたの覚えてるよ。普通にさ、教授も私も心配だったんだけど。その画像を自分で作ったって言うのも嘘?」
「……全部ほんとうです」
「何か別の悩みでもあるの? 相談したいことがあるんなら私にでもいいし、教授にでも……」
「本当にいるんですよ」
真っ暗な目でした。先輩はゆっくりと立ち上がって、PCを片付けながら、ふらふらと出口の方へ歩いて行きました。待ってくれと声をかけても、振り返りもせずにファミレスを出て行ったんです。戸松先輩をどうしようかと2人で軽く話し合って、僕が追いかけることになりました。私がお会計をひとまずするから、って言われたんで。
外は真っ暗で、人通りも少なくて……先輩の姿はすぐ見つけられました。お爺さんみたいに背中を丸めて、とぼとぼと歩いていたので、少し走ったらすぐ追いつけたんです。
「先輩! どうしたんですか本当に。おかしいですよ!」
街灯が先輩の真上から照っていました。何も言わずに歩きを止めて、首は真下を向いて、じっと地面を見つめていました。背中はフケにまみれていました。
僕は、こんな様子のおかしい人を放っておいたら、いつか死んでしまうんじゃないじゃないかと思ったんです。先輩はお化けのせいにしてるけど、もっと根本的な……辛いことが身に起こってるのではないかって。知ってる人が死んだら、後味も悪いし……ひとまず、先輩がくるまでどうにか励まそうと思って。
「……全然、あんまり知らない後輩が何言ってんだって思うかもしれないですけど。たかがゲームじゃないですか。ね? そうだ、ゲームがバグってんじゃないですか?」
「バグじゃない」
「部長が待ってますよ……お化けなんて、どこにもいないんすよ」
「いるよ」
声が聞こえたんです。甲高くて、鼓膜にキリキリ穴が開けられるみたいな声。
僕は、戸松先輩の姿がおかしいことに気づきました。
あの、ゲームでキャラクターが壁にめり込んで、動けなくなってるみたいなバグってわかりますか? ああいう風に、女が戸松先輩にめり込んでたんですよね。
うつむく戸松先輩と同じ位置に立って、僕のことを見ていました。その女は、ゲームの中の幽霊? とは、全くの別人だったんですよ。街灯の明かりが強すぎて、表情はわかりません。
でも僕は、女がこれ以上ないぐらいに、口角を吊り上げて笑っていると分かったんです。
不意に背後から部長に声をかけられて、自分がファミレスの前でへたりこんでいるのに気づきました。あんまりに恐ろしいんで、必死に逃げてきたんでしょうね。見たことを必死に部長に説明して、一緒に街灯まで行ったんですが、もうそこに戸松先輩はいませんでした。
結局その日から、戸松先輩と連絡が取れなくなるとか、そういうことは……一切なかったんですよ。
なんなら、しばらくして元気にやってくるようになりました。あの夜あったことが気まずかったですし、怖くもあったんで、僕は2年に上がってからサークルを辞めました。
人伝に聞く話ではあるんですが、戸松先輩は在学中、あのゲームを作り続けていたらしいです。それはそれは楽しげに。
先輩にめり込んでいた女と、ゲームの中の女が一致してない理由が、僕にはどうしてもわからなくて。
なんだったのかなって今でも思うんです。
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再生終了
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