第1話 紀伊野涼

       1


 何か1つ、他の人よりも優れていたものが仮にあったとしよう。そういう時、多くの人は決まってこう思うのではないのだろうか。

「自分には何か特殊な才能でもあるんじゃないか」と。

 個人的にはそんなことは絶対ないと思う。仮にあったとしてもそこまで誇張して考える必要はさらさらないと言うものだ。

 ただ、不思議なことに本当にあると思い込んで特殊な才能を持ってしまった人が世の中にいるらしい。

 その人のことを世間一般では「異端者」と呼ぶそうだ。


2


 春…と言っても大して暖かいわけでもなく、冬と言ったほうがむしろ正しいのではないかと思う日に、俺は高校生になった。

 吹く風が肌を切る。耳も少し赤くなっているだろう。


「寒いなぁ…。まぁでも、桜が咲いてるだけ春を感じられるからましか」


 なんてことを1人でボヤいていた。

 俺のクラスは全部で40人いる。それだけの人がいれば考え方も個性もそれぞれだ。だから1人でいてもやたらと話しかけてくる奴もいる。


「なぁ。俺と友達になってくれよ」


 そう。こんな風に。


「別にいいけど。名前なんて言うの?」

「なんだよ。自己紹介聞いてなかったのか?」


 それだけで覚えられるわけがないに決まってる。


「それだけで覚えられる人がいるならその人はきっと天才だよ」

「ふ-ん。そういうもんか。じゃ改めて。俺は城大地(じょうだいち)。よろしくな」


 白い歯がよく光っている。こういう笑顔が眩しいやつを陽キャって言うんだろうなと思う。きっとそうなんだろう。


「城さんか。俺は紺野樹(こんのたつる)。程々によろしくな」

「紺野か…。ならこんこんだな」

「いやこんこんってなんだよ」

「何ってあだ名だけど」

「……あっそ」


 正直あだ名なんてものは生まれてこの方縁がなく、高校に入って初めてつけられたかもしれない。違和感いと多し、だ。

「ところで。城さんはなんで俺と友達になろうと思ったんだよ」

「ん-?俺はただ単にクラスの皆と友達になりたかっただけだよ」

「へぇ。ちなみに俺は何番目なんだ?」

「40番目だな」


 唖然とした。わずか1日でクラスのほとんどと友達になるなんて頭がおかしいのではないだろうか。


「ほんと、よくやるよ」

「そうか?」


 きっとこいつが人懐っこい性格なのかもしれない。そういうことにしておこう。


「でもなんで最後にしたのさ?」

「あ-。なんか…近寄り難かったんだよ。お前」


へぇ。


「よく分かってるじゃん」


 城は少し渋そうな顔をしていた。

 これが俺の高校初日の出来事だった。


  3


 高校生活を始めてから1ヶ月くらいたった頃だった。学校の雰囲気や校則にも慣れてきていた。

 ちょうど昼休みにもなり、弁当をもってグラウンド近くのベンチまで歩いた。別に友達と食べるのが嫌いとかそういう訳ではない。ただ、1人で食べる方が好きだし自分の性にあっている気がするのだ。

 そんなことを思いつつ近くにあった少し年季の入ったベンチに腰を下ろした。


「さ。ぱぱっと食べて図書室にでも行こ」


 あんまり長居をし過ぎるとまた城さんに絡まれかねないし…。

 確か弁当の中身が残り半分程度になったころだろう。ふと、隣に人影を感じて横を向くと、1人の少女が立っていた。髪は黒で綺麗に整えられており一つ結びでまとめられている。目は全てを見透かすように鋭く、それは見た人を離さない顔をしていた。数秒くらい経ったはずだ。彼女がこちらを向いて口を開いた


「ねぇ。隣、座ってもいいかしら」


 ぼうっとしていた意識が戻された。


「あ、ああ。いいよ」


 そういうと「ありがと」とそれだけ言って彼女は遠慮なく座った。

 なんと言うべきか。その人はとても綺麗だった。俺は多分人生で初めて、人を見惚れたのだと思う。

 …しばらくしてから気がついた。いかにこの状況がまずいことか。クラスの人間が見たら「よ。美人と一緒にご飯を食べてた紺野くん」だとかなんとか言って茶化してくるに違いない。そんなの耐えれる訳がない。どうやってここから逃げたものかなと思う。

 なんてことを考えていたら、ふと左肩になにか乗っている気がした。目だけをそちらに向けると、あの名の知らない少女が、頭を乗せて細い寝息をたてながら眠っていた。

 …これで休みが終わるまで動けないことが確定してしまった。まぁ天気がこれだけ暖かいと眠たくなるのも頷ける。ただここで寝る必要はなかったんじゃないかなぁ…なんてことを思っていた。


4


「よ。度胸のある紺野くん」


 帰り際、案の定と言いたいくらいに城が声をかけてきた。予想していた言葉とは違ったものの、あまりいい気分はしなかった。


「どういう意味だよ」

「そんな怖い顔するなって。言葉通りだよ」


やっぱり分からない。


「すまん。一言も理解できない」

「え-」

「え-じゃない」

「だってお前。あの紀伊野涼と一緒に昼飯食べたんだろ?」


キイノスズ?聞いたことない名前だった。


「誰だよそれ」

「は?」

「へ?」

「いやいやいやいや。さすがにないだろ。あの紀伊野涼だぞ?」

「あのって言われても分からないものは分からないんだよ」

「嘘だろ……」

「嘘じゃない。それで?紀伊野涼だっけ。その人は誰なの」

「分かった。世間知らずのこんこんに教えてあげよう」

「一言余計だ」


 城の説明が割と長かったため簡単に説明しよう。紀伊野涼とは俺の学校で「浮世離れした高嶺の花」と言われている人物だ。その容姿、気品からそう呼ばれており家は名家らしい。


「ふ-ん。紀伊野涼がどんな人なのかは分かった。でもどうして俺が度胸のあるなんて言われないといけないんだ?」

「浮世離れし過ぎてて誰も近づかないんだよ。恋心も抱けないなんてことをボヤいてるやつまでいる」

「よっぽどだな…」

「だろ?そんな風だからあの紀伊野に普通に接した勇者がいるって1部じゃ噂になってるぞ」


 その言葉を聞いて思いっきり不快な顔をしてしまった。


「いらない噂だよ全く…」

「そう言うな。まぁこれから大変かもしれないが頑張りたまえ」


 正直うんざりくる。なぜこうも絡まれてほしくない出来事に絡まれるのだろうか。ほんといい加減にして欲しい。

 心の中に不快感を貯めつつ俺は帰路についた。

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異端の華 a stage face 鉛筆 @enpitu09

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