私と彼女の過ごし方

ゆずりは

私と彼女の過ごし方

「ねぇ今日の天気みたー?」

歯ブラシを一度外して、洗面台からリビングに向って大きめな声で言った。

「見たよ。

今日の天気は曇りからの夜遅くなると雨だって。

ちゃんと折り畳み傘、持ってってね。

前も降られたでしょ」

あー、って思いながら、口の中をゆすいだ。

タオルで口周りを拭いて、もう一度鏡で確かめる。

よし、おっけー。

「だって降る前に帰ってこれるって思ってたんだもん」

そう言いながら、リビングにパタパタとスリッパの音を立てながら、足早に歩く。

リビングのテレビをつけっぱなしにしている、その真正面にある二人掛けのソファに座る彼女の後ろ姿に近づいた。

「もー、雨なんて場所で降ったり降らなかったりするんだから、分からないでしょ」

私が来たことに気づいた彼女が少しだけ振り返る前に、ソファの後ろから彼女の顔を覗き込んだ。

「分かってるよー、もー、ごめんって」

そう言いながら、鞄と一緒に折り畳み傘を手に取って、大袈裟に掲げる。

「ほら、折り畳み傘、持った!ほら、鞄、入れた!」

彼女がちゃんと見える位置でやると、顔をテレビの方に向き直ってしまった。

「ねぇ、怒らないでよ」

そう言って、ソファの前に回りこんで、彼女が座る前にしゃがんだ。

「怒ってないの、心配してるの」

そういう彼女は、テレビなんて見てなくて、私だけを見つめてくれる。

「ありがとー、やっぱり私にはココロだけだよー」

彼女、ココロの私より低い温度の手を触った。

「調子いいんだから」

少し照れるように視線を外したココロがテレビに表示された時間を見たらしい。

「7時すぎたよ、いいの?」

「い、いくない!行ってきます!」

勢いよく立ち上がる。

「はい、はい、気をつけてね」

「うん、行ってきます!」

「いってらっしゃい」

そのココロの声を聞いてから、ココロの顔にかかる髪を耳にかけた。

ココロの顔を覗き込むようにして「よし、いってきまーす」と鞄を手に、玄関に向かった。


「ただいまー」

玄関の鍵を開けて、靴を脱いだ。

スリッパに足を通して、パタパタと音を立てながら暗い廊下を進む。

リビングの扉をガチャと開けて、近くの壁の電気をパチンと付けた。

リビングにいるココロの後ろから近づいて、髪を撫でて、覗き込むようにして耳を触った。

「あ、ごめんね、おかえり」

振り返りながら、ぱっと表情をつくったココロに顔を振って答える。

「ううん、ただいま。

ねぇ、今日、ハンバーグにしちゃった」

ソファのそばに鞄を置いて持っていたビニール袋を掲げて見せた。

「あれ?一昨日もじゃない?」

不機嫌っぽくちょっと眉を下げたココロも可愛いなんて思いながら

「なんか無性に食べたくなったの」

と答えながら、キッチンの電子レンジに向った。

電子レンジを開けて買ってきたお弁当を置く。

電子レンジの扉を閉めてピッピッと音を立てながら、時間をセットしてスタートさせた。

ん?静か?、と思いながら、リビングのココロを見ると、ココロが振り返って静かな声で言う。

「・・・私はなんでもいいけど、なんかあるのかなって。

ほら、たんぱく質不足だと甘いものが食べたくなるとかさ、あるから」

チンッと音を立てた電子レンジに視線を外した。

電子レンジの扉を開けて湯気の出るお弁当を出した。

あちち、と小さく言いながら、お弁当とお箸をもって、ソファまで歩く。

ソファ前のローテーブルに二つを置いて、ちょっと俯き気味のココロの足元に座る。

下から顔を見あげて見つめるとココロが

「体調変じゃない?大丈夫?」

と続けた。

「もぉ、心配性なんだから、大丈夫だよ。

テレビでやってたから食べたくなっただけ」

ココロの膝にのった綺麗な手を握る。

「ほんと?」

「うん」

目を見ていうと、安心したように、にっこりと笑った。

そんな姿にホッとするから、不機嫌顔も可愛いといいながら、私も調子がいいなと思う。

「よし、食べよ。

はわー、うまそう!いただきます!」

温めたお弁当の蓋をあけて湯気の中のハンバーグの香りをすうっと吸った。

「そういえば、今日は雨降られた?」

とココロが聞いてきた。

聞かれるだろうと予想してた私は、はふはふしながら食べたハンバーグをごくんとしてから、

「ふふふ、大丈夫でした!」

ちょっと自慢気に言った。

「降って来なかった!

けど、あって良かった!

夜遅くなるって子がいて、その子に傘、貸してきた!」

勢いよく言うと

「え、帰り道降られるかもしれないのに貸してきたの?」

ココロの声に振り返って、彼女のびっくり顔に、ちょっと勢いが弱まる。

「だって、夜の方が降るって言ってたじゃん。

だから」

「もー、たまたま降られなかっただけで、帰りの途中で降られるかもでしょ」

「降られなかったもん」

だってココロが持って行ってって言って、そんで持ってきたのが役立つかも、って思ったら、嬉しくなって、だから、と、ぐるぐるし始める思考に

「まあ、そんな優しいシンが好きなんだけど」

と私の頭を撫でてくれる。

「ココロ~!」

その手が嬉しくて、ぐるぐるする思考なんて、すぐにどっか行ってしまう。

思わず立ち上がって抱きしめようとするのは予想済みだったようで。

「あーだめ、食事中に立たないの」

彼女に制止されてしまう。

「けち」

浮かせたお尻をぺたんとつける。

「けちじゃない。

そうやって抱きつこうとして、テーブルに思いっきり足をぶつけたのは誰?」

「ぐぬぬ、私です」

まだ青あざが残ってるのは言ってないけど、たぶんバレているんだろうなと思う。

「ほら、早く食べて」

急かされるのに、ちょっと拗ねてしまい、言い返したくなる。

「照れてるんでしょ」

「照れてない。

あとでたくさん触っていいから、ちゃんと食べて」

「わーい!」

一瞬でテンションが上がった。

お弁当に向き直ろうとして箸を止めて振り返る。

「ねぇ、ココロ、」

「うん?」

首をかしげて見つめ返してくれる。

「好きだよ」

「唐突、、私も好きだよ」

「ふふふ、やったぁ」

「変なシンね」

変でもなんでもいいんだ、なんて思いながら、緩んだ顔で残りのお弁当を食べる。

たわいもない話をして食べ終わって一息つく。

「先にお風呂入るね」

よっこいしょ、なんて声をかけながら立ち上がった。

食べ終わったお弁当をごみ箱に捨てて、そのまま寝室に向った。

着替えを手に持って通りがてら、リビングのココロに

「ちょっぱやで入ってくるから、待ってて」

なんて言いながら、廊下を進んでお風呂場に向かった。

「ちゃんと温まってきなよ」

という声が後ろからして、「はーい」と返事してからお風呂場の扉を閉めた。


リビングの扉を開けるなり

「でたー!」

とテンション高く言うと

「はいはい、早く髪を乾かす」

いつも通りの声で返されてしまう。

「はーい…」

持ってきたドライヤーのコンセントをさして、んっと彼女に差し出した。

ココロが座るソファ前にストンと収まるようにした。

何も言わなくてもドライヤーのスイッチを入れて、私の髪にあて始めてくれる。

「ねぇねぇ、なんで今日は触っていいっていってくれたの?」

ドライヤーの音にかき消されないように大きめの声で言うと、

「それは、シンが疲れてるみたいだから」

ココロの声が上から降ってくるみたいだった。

「え、そお?」

ちょっと傾けた頭に、ココロの手で正面向いてっと直されてしまう。

「そうだよ。

今日の服、微妙に色の組み合わせがおかしかったもん」

「嘘、言ってよ!そのと、き、ぶっ」

思わず振り向くと、ドライヤーの風を顔面で受けてしまった。

正面向けと、強めに手で頭の位置を直される。

「やり直しの時間なんて無かったでしょ」

「たしかに、そうだけど」

「シンは調子悪いとそうなるの」

「そっか、変だったか」

しょんぼりする気持ちに肩を落とした。

でも、じわじわと、違う感情もあって。

「違うよ、普通の人からみたら変じゃないけど、シンのいつものじゃない感じで、」

ちょっと早口になって彼女が焦ってるのが分かる。

「分かってるよ。

言ってくれなかったことは、怒ってない。

無意識だったから、ココロよく分かってるなーって嬉しかったの」

そう、ちょっとの変化でもココロだけは気づいてくれるし、言ってくれる。

「見てるよ、私にはシンだけだもん」

「そうだね、ココロには私だけだもんね」

「うん」

それが世の中の変なことでも、なんでもいい。


ドライヤーの切る音とともに、髪にあててた風が止む。

「終わった?」

「うん。ちゃんとブラシしてね」

「え、いいよ」

「ダメ。

朝、苦労するのは、シンでしょ」

はやる気持ちを抑えながら、ドライヤーと一緒に持ってきていたブラシで髪をざっと梳かす。

「できた!」

「じゃ、どーぞ」

「やったーー!」

両手を広げたココロに、立ち上がって抱きついた。

「あーー、ココロだーー!」

ココロの肩に顔を埋めると、いい香りがする。

「当たり前じゃん」

肩に埋めた頭の方にちょっと傾けてくれるのが嬉しくなる。

「ココローーー!」

「はいはい」

「ココロ、ココロ、」

名前を呼ぶ。ココロの名前を呼ぶのは、私だけ。

「なぁに、」

「あのね、好き。」

「うん、私もシンが好きだよ」

そして、ココロが呼ぶのも私の名前だけ。

「えへへ、癒されるー」

「そのための、私だからね」

抱きついていた体を少し離して、至近距離でココロの顔を見つめる。

「今日は一緒に寝る?」

「うん!準備してくる!」

というやいなや、彼女から体を離して、寝室に向かった。

扉を開けて、寝室にはセミダブルのベッドが一つ。

バランス的には、シングルを置くような部屋の大きさなのに、無理やり入れたベット。その布団をめくった。

リビングからの導線にあった、朝放置した服が落ちていたのを端に寄せる。

リビングのソファに戻ってココロの前に立つとと手を広げた。

「よっしゃ、OKっす」

「ありがと、んっ」

ココロが手を広げる。抱きしめあうような状態で立ち上がる。

「はい、ぎゅーってして」

「うん、ごめんね、」

「ううん、よっ、と」

二人で抱きしめあったまま、よちよちと少しずつ歩いて寝室へ向かう。

この家の決め手は、寝室にする部屋とリビングに段差がないからだった。

「ふー、OK!」

ベットの左端に一旦座ったココロの身体を、枕の位置を考えながら、少しずつずらしていく。

彼女をベッドの内側を向くように体勢を変えた。

のばした脚から、さっき避けた布団をかけた。

「ありがと」

「こちらこそ!」

リビングの電気やテレビを消して、自分もベッドに座る。

彼女の足元に掛けてた掛け布団を引き上げて自分の肩まですっぽりとかぶるようにした。

ベッドの中で向かい合うように内側を見れば、隣に彼女がいる。

ココロの肩も布団がかぶるように整えた。

「えへへ、一緒に寝るの嬉しい」

「いつもじゃ、シンが大変だもん、ごめんね」

ちょっと切なそうにいうのが辛くて反論する。

「ごめんじゃないの、

朝起きてリビングで見かけると、ぎゅーってなるのがいいの」

自分の胸に手をあてて、言うと、

「うん、そうだったね」

ココロの顔がホッとしたようになる。

「ぎゅーってしていい?」

「思う存分、どうぞ」

もぞもぞと動いて、彼女に近づくと、ココロの腕が私の体を抱きしめるように回った。

「おやすみ、ココロ」

「おやすみ、シン」

彼女の髪を耳にかけるように撫でた。


目覚まし時計代わりの携帯のアラームが聞こえる。

んーーうぅ、と唸りながら、ベッド横の棚の上の携帯を探して、手を伸ばした。

音を止めてから、液晶に表示された時間をぼんやりと見た。

あさか、と思いながら、携帯とは反対方向に体を向けると、目を閉じた彼女がいる。ココロの顔をぼんやりみて、それから、耳を撫でた。

「起きた?シン」

目を開けたココロに

「うぅっ、ココロぉ、仕事行きたくない」

といいながら、体をくっつけた。

「え、体調悪い?」

心配する声に

「ちがう、ココロといたい、」

と乾燥した喉から、声を出した。

「あぁ、いつものシンだね」

と爽やかな彼女の声に、離れがたいけど、もぞもぞと布団の中を移動した。

「ココロ、冷たい。ぅうう、起きなきゃ。」

「うん」

立ち上がってベッドとの幅がない、すぐのクローゼットから服を出して着替え始める。

「ココロ、どうする?」

と声を掛ける。

「いいよ、シンの準備次第で。

このままでも」

「分かった」

というと、着替えた後、洗面台に向かった。

通るリビングで、時計代わりのテレビを付けた。

洗面台で顔を洗って化粧をしてと、だんだん覚醒し始める意識に中、キッチンで立ちながら簡単な朝ごはんを済ませる。

寝室に行くと、彼女は起きた時と変わらない姿でいる。

「ごめん、お待たせ!」

「いいの、いいの、時間大丈夫そうだね」

ココロは、朝のテレビから聞こえてくる音で大体の時間を把握しているらしかった。

だから、テレビをつけることは、私だけじゃなくて、ココロのためにもなる。

「リビングいこ。

はい、ぎゅーってして」

「ありがと」

ゆっくりと歩いて、ココロの定位置、テレビ前のソファに座らせる。

丁度そのタイミングでテレビは朝の占いが流れた。

「今日の占い、1位だ!」

「良かったね」

私の顔を見て彼女がニコニコするから

「ココロも同じ星座なんだから、1位だよ!」

と言った。

占いは興味なさそうに、テレビじゃなくて、私の方を見ている彼女と目があった。

テレビが7時を知らせる。

「あー、時間かー。

嫌だけど、仕事してくるね」

「占い1位でもそれは関係ないんだ」

「うん、関係ない。嫌なものは嫌」

「そっか」

ココロは否定しないで、笑ってくれる。

「今日も定時ダッシュしてくるね」

「がんばって」

「うん、行ってきます」

「いってらっしゃい」

思わずココロを抱きしめる。

離れがたくなるのに、抱きしめてしまった。

私はココロの頬を撫でた。

それから、彼女の耳に髪を掛けるようにして、彼女の“電源”を落とした。

鞄を持って、部屋の電気やコンセント、ガスなどを見回して、それから、玄関に向かう。

靴をはいて、玄関の鍵をかけた。


人型のロボットが一般化した。

ココロがロボットなのを忘れることはないけど、

ココロとの生活が私には合っていると思う。

ロボットは一緒に過ごす人のことを学ぶ。

だから、彼女、ココロと合うのは、当たり前といえばそうなのかもしれない。

でも、少なくとも、ココロとの今が好きだなぁと思いながら、私は仕事に向かう。



おわり

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