砕氷船

 砕氷船のような人だと思った。

 張り詰めた氷をいとも簡単に砕いて進路を作っていくその姿は、まさに砕氷船だ。バリバリ、ゴウゴウと音を立てながら歩みを止めることがない。

 中学の教室。その真ん中で堂々と発言する彼女の姿に俺は北極とかその辺で活躍しているであろう船の姿を重ねた。

「先生!質問なんですが」

 彼女が手を挙げて教師に申した。

 彼女はよく発言をする。それは教師からの投げかけに答えるだけではなく、自ら疑問に思ったことなどを進んで発言した。それに教師は嬉しそうに答える。それはそうだ、自分の授業に興味を持っているのだから。興味関心がなければ質問など出てこない。だから教師は嬉しそうなのだ。

 それが好ましくない、と思うのは、我々クラスメイトである。

 彼女が質問をすると、授業が止まる。それは受験を控えた生徒には苦しいことだった。

 二年の頃までは良かった。授業が止まってもテスト範囲が短くなるかもしれないだけで、むしろ願ったり叶ったりだった。皆、彼女に感謝していた。

 けれど、受験は生徒のことなど知るはずもない。だって向こうは試す側だ。こちらはあくまでも試される側で、そこに自由はない。

 だから困った。

 焦った。

 彼女が手を挙げるのを、皆嫌がるようになった。

 皆、彼女という存在が少しずつ、嫌いになっていった。

 けれど彼女は進み続けた。自分の道を、ただまっすぐに。

 氷を割るその音が他人にとって騒音になっていることなんて微塵も知らずに。

 砕氷船なのだ。彼女は、氷を砕く。

 切り開いていく。彼女の道を。

 しかし、だからどうしたというのだ。

 彼女が切り開くのは彼女の道だ。彼女は砕氷船という船を持っている。けれど、俺たちはそうではない。

 俺たちは何も持っていないのだ。

 彼女は成績がいい。この辺で一番の学校に行けるくらいには頭がいい。

 彼女は船を持っている。だから、海を渡れる。

 けれど俺たちにそんなものはない。俺たちが持っているのはせめてゴムボートくらいで、溺れずに済むだけで冷たい海を渡れるわけじゃない。だから海に落ちないように割れる危険がある氷の上をゴムボートを抱えながら歩いていくしかないのだ。

 その唯一残された道を、彼女は砕く。砕いて、あっという間に自分だけ遠くへ行くのだ。

 嫉妬、とか、そういうものの一種だとは思う。

 でも、わかったからといって何ができる。

 俺たちは受験生で、少しでも成績を上げるために日々頑張っているのだ。

 それを一人のクラスメイトのせいで台無しにされては困る。

 何が砕氷船だ。氷を砕けば、行き場を失う生物だっているんだ。文明のために、死んでたまるか。

 俺は、俺たちは悪くない。

 彼女が手を挙げる。

 クラスのどこか、隅の方で舌打ちが聞こえた。彼女に届くかどうか、わからないくらいの大きさで。

 そして小さく、笑い声が聞こえた。

 砕氷船の音よりは、気にならない。

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単語、のちに物語 一日二十日 @tuitachi20ka

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