そらちゃんに会いに
次の日、わたしたちはそらちゃんのいる町に向かった。
一時間ほど電車に揺られると、窓から赤い電波塔が見えた。
さらに進み、広い川に架かる橋の上を通った。
川面が鏡のように日差しを反射して眩しい。
「白狐が言ってた橋だ!」
「もうすぐだね! ああ、なんかドキドキしてきた」
小さな駅で降り、スマホで地図を見ながら進む。
十分ほど歩くと花森公園が見えてきた。
公園のまわりは住宅地だ。
表札に原田と書いてあったと白狐から聞いていたので、二人でうろうろと辺りを探しまわった。
「この辺だと思うんだけどなあ」
「美桜、あの家、なんかうちに似てない?」
「え? どこ?」
胡桃が指差したのは、ベージュの外壁に白い出窓のおしゃれな家。
確かに胡桃の家に似ている。
わたしたちは顔を見合わせ、走り出した。
(きっとあの家だ)
玄関横に「原田」の表札を見つけた。
「ここだね」
「うん」
胡桃が震える指先でインターフォンを押すと、人の好さそうなご婦人が出てきた。
「こんにちは。突然押しかけてすみません。実はうちのセキセイインコが……」
◇
その家に住んでいた老夫婦は、わたしたちを歓迎してくれた。
「ぴいちゃんは二階にいるのよ」
「……ぴいちゃん」
小さな声で胡桃が呟く。
「ここのお部屋よ」
ドアを開けると、大きな出窓の前にある鳥籠の中に、白と青のセキセイインコがいた。
胡桃が黙って近づいていく。
「そらちゃん?」
『ハーイ』
インコが返事をした。
「はは……そらちゃんだ……。やっと見つけた」
ぼろぼろと泣き出す胡桃をそらちゃんが見ている。
『ダイスキ』
「うん。あたしも大好き」
老夫婦は嬉しそうにそらちゃんと胡桃を見ている。
「この子がうちに来たのは三年くらい前かしら。そこの窓からいきなり飛び込んできたの。びっくりしたわぁ。羽が傷ついて飛べないみたいだから、治るまでうちで飼うことにしたの。家の前に『セキセイインコ預かってます』って張り紙をしたりしてたんだけど、まさかそんなに遠くから飛んできてたなんてねえ。カラスにでも追いかけられたのかしら」
奥さんの言葉を聞いて、旦那さんも申し訳なさそうに言った。
「わたしたちはネットとかもよくわからないから、長い間心配させてしまったね」
「いえ、保護していただいてありがとうございました」
胡桃がぺこりと頭を下げた。
「こうして元気な姿を見られただけでも、あたしは……」
言葉の出ない胡桃に、奥さんが言った。
「ねえ、胡桃さん。この子を連れて帰ってもらえるかしら?」
「え、でも――」
「わたしたち、飼い主さんが見つかったら必ず返してあげるって決めてたの。それにね、もう歳だから、この先のことを考えると、あなたが引き取ってくれた方が安心だわ」
「あ、ありがとうございます。絶対、大切にします」
「良かったわね、そらちゃん」
『ハーイ』
そらちゃんのいいお返事に皆で笑った。
帰りは、原田さん夫婦が車で送ってくれた。もちろん、そらちゃんと一緒に。
胡桃は奥さんとアドレスを交換し、時々そらちゃんの写真を送ると約束した。
「うふふ。素敵なお友だちができてわたしも嬉しいわ」
奥さんが少女のように笑うのを、旦那さんが優しい目で見ていた。
わたしと胡桃は目で会話する。
(仲いいよねー)
(ほんと、羨ましい)
空だった鳥籠にそらちゃんが帰ってきた。
部屋の中がぱあっと明るくなる。
「おかえり、そらちゃん」
『ハーイ』
「もしかして、そらちゃんてハーイとダイスキしか言えないの?」
わたしは疑問に思ったことを胡桃に訊いた。
「実はそうなの」
「でも、毎回タイミングが絶妙だよね。言葉が通じてるみたい」
「ええ、まさかあ」
胡桃が笑うと、そらちゃんが『ダイスキ』を連呼した。
◇
数日後、お礼参りがしたいと胡桃が我が家に遊びにきた。
「やっぱりすごいよね、この庭。前に来たときはそらちゃんのことが心配で気がつかなかったけど、澄んだ空気とか草花の茂り具合とか普通じゃないよね。さすが神様の庭」
胡桃は祠の前で手を合わせた。
神様が不在でも、きちんとお礼参りはしておきたいと言う。のし袋も有難く頂戴した。
天気がいいので庭でティータイムを楽しんでいると、翼が遊びに来た。
「あれぇ、友だちが来てたの?」
「前もって連絡しないからでしょ」
「ごめんごめん。ぼく、帰ったほうがいい?」
「あたしなら大丈夫だから、一緒にお茶しようよ」
胡桃に声をかけられ、翼がにっこりと微笑む。
「ありがとう。ぼく、翼。よろしくね」
「あたしは胡桃」
「可愛い名前!」
「ふふ、ありがとう。えーっと、翼くん? 翼ちゃんかな?」
今日の翼は、白い長袖のTシャツにブルーのサロペットと、中性的な恰好だからわかりづらいかも。
「男の子だよ」と翼が自己申告した。
「ごめん。あんまり可愛いからどっちかわかんなかった」
「えー、えへへへ」
胡桃の正直な感想を聞いて、翼が嬉しそうに笑う。
それを見て、なんだかわたしも嬉しくなった。
そこからは女子会のノリで、流行りの服や化粧の話をして、最後は恋バナで盛り上がった。
「へえ、胡桃も片思いなんだ。告白しないの?」
翼が遠慮なく訊く。
「だって、もし振られちゃったら気まずいじゃない。兄貴の友だちなんだよ?」
「わかるけどさあ、そんなにいい男なら他の女に取られちゃうかもよ?」
「う、それは嫌だけど……」
「ちょっと! 胡桃のこといじめないでよ」
「いじめてないもん。だって、勇気を出さないで後悔するのも嫌じゃない?」
「確かにそうだよね……」
「胡桃!?」
「ありがとう、翼。あたし、頑張ってみる」
「まあ、まずは軽くアピールしていけば? それでいけそうならガンガン攻めていけばいいよ」
なるほど。思わずわたしも聞き入る。
「たとえば?」
「男って単純なんだから、褒められたり頼られたりすると弱いよね。せっかく家に来てくれるんだから、これに上目遣いなんかを組み合わせた攻撃ができるはず」
「ボディタッチとかは?」
「うーん、それはもうちょっと大人になってからかな。軽い女に見られても困るでしょ。それより、袖をきゅっと引っ張ったりする方が、ぼくはきゅんとするな」
ふんふん。わたしもやってみようかな。確かにいきなり告白するよりはハードルが低そう。
「あとは、ヤキモチを焼かせるとか――」
翼がいきなり立ち上がり、座っているわたしの頬にキスをした。
「なっ…」
「おい! 何してんだ!」
怒鳴り声が聞こえた。
「朝陽兄ちゃん?」
いつのまにか朝陽兄ちゃんが庭に入ってきていた。
すごい勢いで走ってきて翼を押しのける。
「友だちだからって、ふざけるな!」
「あー、ごめんなさい。つい悪ノリしちゃって。ごめんね、美桜」
翼がぺろりと舌を出す。
こいつ、わざとだな。
胡桃が目を輝かせて見ている。
こんなに怒ってる朝陽兄ちゃん初めて見た。
そっと腕に触れると、はっとしたように振り返った。
「朝陽兄ちゃん、わたしなら大丈夫だから」
「そ、そうか。ごめんな、なんかカッとしちゃって」
「ううん。ありがとう」
「あー、翼くんも悪かったな、怒鳴ったりして。じゃあ、俺、中に入ってるから」
朝陽兄ちゃんの姿が見えなくなってから、わたしは翼の両頬をつねった。
「いふぁいよぉ(痛いよぉ)」
「もうっ、なんであんなことしたの?」
「いや、ちょうどいいタイミングだったから」
「いいじゃない! 成功だったんだから!」
「胡桃までそんな――えっ、成功だった?」
「そうだよ! すごかったじゃない。『おい、何してんだ!』って。いいなあ、あたしもあんな風にヤキモチ焼かれたいな」
「これでちょっとは美桜のこと意識するんじゃないの?」
「えー、だったら、まあ、良かったのかな?」
そうだよと二人に言われて、朝陽兄ちゃんには悪いけど、ちょっと嬉しくなった。
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