星の名前
二年生になってから、高校受験に備えて塾に通い始めた。
ちゃんと勉強もするという約束で失せ物探しも続けているが、そんなにしょっちゅう依頼が来るものでもない。人を探して欲しいなんて後にも先にも香織さんだけだ。
毎日忙しく過ごしているうちに、あっという間に夏休みになった。
ある日、庭で水撒きをしながら白狐と遊んでいると、香織さんが塚本さんらしき人と一緒に門を入って来るのが見えた。
「こんにちは。お久しぶりです」
「香織さん! すみません、こんな格好で。ちょっと待っててくださいね」
わたしは水に濡れた服を着替えるため家の中に入り、母に声をかけた。
「香織さんが塚本さんと一緒に来てるよ」
「あら、ほんと?」
母はうきうきとした様子で玄関に向かう。
着替えてから庭に戻ると、母が二人を祠に案内していた。
「香織さんはわかってると思いますが、神様に聞こえるように声に出してくださいね」
二人ともこくりとうなずき、まず香織さんが手を合わせた。
「お礼に来るのが遅くなって申し訳ありません。その節はありがとうございました。おかげさまで、この人を見つけることができました」
続いて塚本さん。
「彼女に会わせていただきありがとうございました。今日は一緒にお礼参りにきました。どうぞこちらをお納めください」
そうして二人で祠の前にお礼と書いたのし袋を置いた。
「ありがとうございます。よかったら中でコーヒーでもどうですか?」
「はい。お邪魔します」
母が誘うと、香織さんたちは嬉しそうについてきた。
リビングでコーヒーを飲みながら、その後の話を聞かせてもらう。
***
うちに来た次の日、香織さんはさっそく病院へ行った。
受付で塚本さんの病室番号を聞いて外科病棟へ。部屋の名札で塚本さんの名前を確認し、そっと部屋の中を覗くと――いきなり塚本さんと目が合った。
「え、香織さん? なんで……」
驚く塚本さん。ここで香織さんは偶然を装う予定だったのだが、安堵のあまり泣き出してしまった。
「よかった……」
「香織さん! どうしました!?」
塚本さんは動くことも出来ず、ベッドの上でおろおろしていたという。
「急に店に来なくなって、すごく心配しました」
「それは、その、すみませんでした……あの、こっちに来てもらってもいいですか?」
同じ病室の人達が見つめるなか、香織さんがベッドに近づく。
「仕事中にトラブルがあって、右足を骨折してしまったんです。まさか、そんなに気にかけていただいてるとは思わなかったので、連絡もしなくてすみませんでした」
「いえ、気にしないでください……ただの行きつけの店になんて、普通連絡しませんよね」
しょんぼりとした香織さんを見て、塚本さんが慌てて言った。
「そんなことないです! 俺は下心があってというか、その、香織さんに会いたくて通ってたので……もちろん、スープカレーもうまかったけど、とにかく来てくれてすごく嬉しいです!」
「そんな……勇気を出して来て良かったです」
病室の人達から暖かな拍手がおこった。
すごく恥ずかしかったと香織さんが言う。
それからは時間の許す限りお見舞いに通い、退院したあとに交際をスタート。
香織さんからうちの話を聞いた塚本さんが一緒に行きたいというので、全快を待ってお礼参りに来たそうだ。
「初めは信じられなかったんですが、実際こうして見つけられたわけだし、いや、こんな言い方は罰が当たるかな。実はぼく、警察署の生活安全課で働いていまして……たとえば家出少女を探したいときなんかに頼むことはできるんでしょうか?」
と塚本さんが目を輝かせて言う。
わたしと母は顔を見合わせた。
実は、塚本さんが入院していたのは警察病院だった。もちろん一般の人も使えるが、仕事中の怪我だというし、同僚たちとの会話から、もしかしたら警察官かもねと話していた。そして塚本さんが公的な関心を示した場合は、母が対応することに決めていた。
「美桜、香織さんに庭を案内してあげなさい。わたしは塚本さんとお話があるから」
「わかった。行こう、香織さん」
「え、ええ」
戸惑う香織さんを無理やり庭に連れて行った。
◇
二人がいなくなってから、美里が言った。
「もともと“失せ物探し”は、失くした物やいなくなったペットを探すことを目的に始めたもので、人を探すことはまったく考えていませんでした。あの子が“失せ物探し”をしているのは、ある目的があるからで、それがわかっているから夫もわたしも黙認しているんです」
「そうですか。でもせっかく――」
「あくまでも、困っている人を助けるボランティアのようなものです。まだ中学生ですし、親として子どもを守る責任がありますから。それに、うちで探せる範囲はとても狭いので、お役には立てないと思いますよ」
「でしたら、お母さまだけでも駄目でしょうか? お母さまも神様のお告げが聞こえるんですよね?」
塚本が食い下がる。
「わたしは小心者なので、捜査協力なんて無理だと思います。以前、警察の方が聞き込みに来て、写真を見せられたことがあるんですが、あきらかにご遺体の写真だったので、気分が悪くなってしまったんです。たとえ生きていたとしても、なんらかの事件に巻き込まれてるかもしれないですよね……そういうのは見たくないし、あの子にも見せたくない。関わりたくないんです。ごめんなさい」
「そうですか……」
◇
がっくりと肩を落とす恋人の背中を押し、香織さんは帰って行った。
帰り際、香織さんはわたしと母に言った。
「気にしないでくださいね。わたしは最初から反対してたんです。恩人を利用するような真似はしたくないって。でも、彼の気持ちもわかるから、きちんと断ってもらおうと思って連れて来たんです。変に言い触らさないよう注意しておきますから」
その夜、朝陽兄ちゃんが来た。
みんなで一緒に晩御飯を食べて、今日の出来事を話し合った。
「断って正解だよ。家族の安全が一番大事なんだから」とお父さんが言う。
朝陽兄ちゃんも、
「そうそう、気にすることないからね。あの人たちはそれが仕事なんだから、一般人に頼るのもおかしな話だよ」
二人にそう言われて、ちょっと心が軽くなった。
朝陽兄ちゃんが夕涼みしようと言うので一緒に庭に出た。
濃厚な花の香りが漂ってくる。
夜空には三日月といくつもの星が輝いていた。
「朝陽兄ちゃん、星の名前わかる?」
「授業で習ったくらいだから、よくわからないな」
「わたし、ちょっとだけわかるよ。あそこにピカピカ光ってるのが、こと座のベガ。そこから右下の方にあるのが、わし座のアルタイル。ベガの左下の方に白鳥座のデネブ。これが夏の大三角形」
「おおー、すごい。よく知ってるね」
「えへへ。ちなみにベガとアルタイルは七夕伝説のおり姫とひこ星なんだよ。ここからは見えないけど、あいだに天の川を挟んでるの」
「それで七月七日だけ会えるんだ」
「一年に一回だけなんてあんまりだよね」
「そうだね」
想いは打ち明けられないけど、こうしていつでも会えるんだから贅沢言えないよね。
好きな人と二人だけで星を見るなんて、なかなか貴重な経験だし。
目の端に白いモフモフがいるけど、今は無視することにした。
(ごめんね、白狐。明日遊んであげるから)
***
――あるじぃ、なんで行っちゃだめなの?
――こういうときは邪魔しちゃだめ!
――ええー、一緒に遊びたいのに。
――馬に蹴られて死にたいの?
――馬? どこ? どこにいるの?
――そういう言葉があるんだよ。
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