人探し

 花散らしの雨が降る夕方、人を探して欲しいとひとりの女性が訪れた。

 門の札を見たというから本当に困っているのだろう。人探しの依頼は初めてだ。

 いつものように祠にお参りしてもらってから、リビングに通し、母にも同席してもらった。

 女性の名前は高木香織たかぎかおりさん。商店街で喫茶店をしているという。


「もしかして、スープカレーのお店ですか?」


「はい、そうです。ご存じでしたか?」


「前に食べたことあります。とっても美味しかったです!」


「まあ、ありがとうございます」


「それで、探して欲しい人っていうのは……」


「実は、うちの店のお客様なんです。塚本さんていう常連の方なんですが、先週も先々週もいらっしゃらないから、なにかあったんじゃないかと心配で」


「連絡先は聞いてないんですか?」


「ええ……こんなことなら電話番号くらい聞いておけばよかった」


 香織さんは大きなため息をついた。

 ただのお客さんのこと、こんなに心配するかなあ。


「あの、もしかして、その人のこと好きなんですか?」


「えっ、いや、それは……なんでわかったんですか?」


「誰でもわかると思いますけど……」


「ええっ、ほんとに? やだ! じゃあ店の子や常連さんたちにもばれちゃってるのかな」


「まあ、バレバレでしょうね」


「うわあ、恥ずかしい!」


 香織さんの顔が真っ赤になった。

 しっかりしたお姉さんかと思ったけど、意外と可愛い人だ。


「写真とかないんですか?」


「あ、隅の方に写ってるのなら……」


 香織さんのスマホのフォルダには、明らかに盗撮したと思われる写真がたくさんあった。


「これって……」

「ち、違うのよ! 手前のコーヒーを撮ろうとしたら偶然写ってただけで」

「こんなに何枚も?」

  

 香織さんが涙目になる。かわいそうだから、このへんでやめておこう。

 白狐と光くんが(見えないけど)、わたしの両隣から覗き込み、なにやら好き勝手に話している。


 ――あんまりかっこよくないね。

 ――そんなこと言っちゃだめだよ、白狐。かっこよくなくてもすごくいい人なんだよ、きっと。

 ――人間は見た目も大事でしょ?

 ――知らないの? 人間界には“あばたもえくぼ”や“たで食う虫も好き好き”といった素敵な言葉があるんだよ。


 なんか失礼なこと言ってるな。


「さきほどお話したように、うちで探せる範囲はとても狭いので見つからないかもしれません。それから、少し時間がかかるかもしれないので、連絡先を教えてください」


「じゃあ、こっちのアドレスにメールください。電話だとなかなか出られないかもしれないから」


「わかりました。何かわかったら連絡しますね」


「よろしくお願いします」


 香織さんは深く丁寧なお辞儀をした。


 香織さんを見送ったあと、母がわたしに言った。

「今後はわたしにも情報を共有して」


「いいけど……どうしたの? いつも任せてくれてるのに」


「大人の色恋沙汰は難しいからよ。たとえば、彼女がただのストーカーだって可能性もあるでしょ。その場合、彼の命にかかわることだから」


「まさか、そんな――」


 いや、そういう可能性もあるのか。

 そうだよね。あれだけ執着してるんだから、もし振られたのにつきまとってるとしたら……そう考えるとぞっとした。


「わかった。人を探すって、怖いことなんだね」


「探偵を使って逃げた奥さんを探す人もいるらしいから、事情がはっきりしないうちは、絶対に住所とか教えちゃ駄目よ」


「うん。光くんも白狐も聞いてたよね? そもそも探せる範囲にいるかどうかもわからないけど、光くんが相手の事情を探って、白狐にうまく指示してね」


「ぼくにまかせてって言ってるわ」とお母さんが教えてくれた。

 愛おしそうに光くん(がいるらしきところ)を見てる。正直羨ましい。だけど、わたしだっていつか見えるようになるんだから!


 それから数日後、光くんから報告があった。

 お母さんが通訳してくれる。


「塚本さんは、一か月くらい前に事故で足の骨を折って、病院に入院してるんですって。これまでにわかったことは、独身で会社の寮に住んでるから、身の回りの世話は仲の良い同僚や友人に頼んでること。男しか見舞いに来ないし、話を聞いてるかぎり恋人はいないってこと……え? ほんとに?」


 光くんの話を聞いて、母は嬉しそうな顔をした。


「なになに、なんだって!?」


「彼の友だちが、『こんなことになる前に、店長さんに告白しておけば良かったのに。あんなに通ってたんだからチャンスはいくらでもあっただろ。そもそも辛いの苦手なくせに』って言ってたんですって!!」

 

 わたしとお母さんはきゃあきゃあと手を取り合って喜んだ。


「店長って、香織さんのことだよね!?」


「そうよね!? 辛いのってスープカレーのことだろうし」


「どうする? もう報告してもいいかな?」


「そうね。相手が弱ってるときがチャンスだし、今ならお世話する口実もあるから……うん、いいと思う」


 塚本さんが見つかったと連絡すると、香織さんはすぐに飛んできた。

 事故で入院していることを話すと驚いていたが、理由がわかっただけでも良かったと、ほっとした声で言った。


「もうしばらく入院してると思いますので、ぜひお見舞いに行ってください」


「でも、いきなりわたしが行くのも変じゃないですか?」


 弱気な香織さんに横からお母さんが口を出した。


「偶然を装えばいいんですよ! 知人が入院しててお見舞いに来たとかなんとか。大丈夫! 香織さんが行けば、絶対に喜んでくれます!」


「そ、そうでしょうか」


 母の圧が強すぎて香織さんが若干引き気味だ。


「はい! 頑張ってください!」


「ありがとうございました。あの、お礼はどうすれば」


「後日、お礼参りに来てください。ぜひ! どうなったか、神様にちゃんと報告してくださいね」


「わかりました」


 香織さんは軽い足取りで帰っていき、わたしたちはニヤニヤしながら見送った。










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