女神様がきた

 失せ物探しのお礼が貯まってきたので、両親に相談して祠に納める物を買うことにした。

 祠の中を見るのは初めてなのでドキドキする。

 なんとなく、開けちゃいけないものだと思っていた。


「しばらく開けてなかったからなあ」

 父が両開きの扉を開けると、中に入っていたのは――ぬいぐるみ???


「おっ、懐かしいな」

「もうぼろぼろねえ」


 両親はきゃっきゃと喜んでいる。

 あれ? 祠の中ってぬいぐるみを入れとくもんだっけ???


「前は何も入ってなかったのよ。長いあいだ雨や風にさらされて消えちゃったみたいね。新しい祠を作ったとき、何を入れるかお父さんと考えて、結局、光の好きなアニメのヒーローのぬいぐるみにしたの」

 と、母が教えてくれた。

「それって、大丈夫なの?」

「大丈夫でしょ。あれから悪いことも起きてないし」


 ならいいのか?

 ずいぶんとぼろぼろになっているが、このぬいぐるみはアンパンでできた有名なヒーローだ。

 そろそろ新しいのに変えるかと父が言う。

 いやいや。


「狐が眷属なんだから、稲荷神社でおふだとかもらってくればいいんじゃない?」

「おお、それもそうだな」

 わたしの提案に父も乗り気になった。

「どうせなら有名な神社に行こうよ」と母が言う。

「いいね、ドライブがてら行ってみるか」


 のんきな夫婦はすぐに旅行の計画を立て始めた。

 そして後日、稲荷神社の総本宮といわれる、奈良時代から続く大きな神社で神札を買ってきた。


「大先輩のお札だから、なんかご利益あるだろう。あと、これも買ってきたぞ」


 ああっ、さらに大きなぬいぐるみが!

 神札と一緒に入れて罰が当たらないか心配だ。


「お母さん、光くんはなんて言ってる?」

「ぬいぐるみが新しくなって嬉しいって」

「いや、そっちじゃなくて」

「ああ、お札はね、なんかすごいって。ずごごごぉって、なんか出てるんだって」

「へえ、さすが歴史ある神社だね」


 わたしたちは祠の中に神札とぬいぐるみを納めて、二礼二拍手一礼し、きちんと参拝した。


   ◇



 皆が寝静まった真夜中、突然、祠の中からまばゆい光が溢れ出し、驚いた光が庭に飛び出した。

 何が起きたのかと振り向くと、祠の中から長い黒髪のほっそりとした美女が現れた。

 たくさんのドレープの入った白っぽい服を見にまとい、神々しく輝いている。


「ほう、美しい庭だな」

 

 庭の花たちがそれに応えるように、むせかえるような香りを放つ。

 明らかに人間ではない。

 ぽかんと口を開けている光を見て、女がにやりと笑った。


「そなたもなかなか美しいな」


 光にぐいと近づき、身体の割に豊かな胸を押しつける。

 驚きのあまり固まる光に、

「ん? なんだ、まだ子どもか」

 つまらんと手を離し、ずかずかと庭の真ん中に歩いていく。


「よいところだな。そなたの縁者が神札を買ったのであろう。久しぶりにこんな遠方まで呼ばれた」


「あの、どなたですか?」


「わらわは宇迦之御魂大神うかのみたまのかみ。五穀豊穣の神じゃ。まあ近頃は商売繁盛とかなんでもありだがな」


「もしかして、稲荷総本宮の女神様?」

 おそるおそる光が訊く。


「そうじゃ、幼き神よ。こんな下っ端のもとに出向いてやったのだから、もっと歓迎せぬか」


「歓迎って、どうすればいいの?」


「わらわは食物の神などと言われておるのに、奉納されるのは稲荷寿司ばかりで難儀しておる。あれは狐たちの好物で、わらわの好物ではないというのに」


 もっと他にあるじゃろうとぶつぶつと呟く。


「じゃあ女神様は何が好きなの?」


「よく知らぬが、人間の女は甘い物が好きだと聞くから、甘くて美味しい物を用意しておけ。明日また来る」


 女神様は言いたいことだけ言って、さっさと帰ってしまった。


   ◇


 光は何を用意すればいいのか一晩中考えていた。

 翌朝、奏多が仕事に出かけてから美月に声をかける。


「みいちゃん、お願いがあるんだけど」


「どうしたの?」


「昨日の夜、お客さんが来たんだけど、今日も来るっていうから甘いお菓子を用意してくれる?」


「いいけど、お客さんって誰のこと?」


宇迦之御魂大神うかのみたまのかみさま」


「え? もう一回言って」


「宇迦之御魂大神さまだってば」


「……どなた?」


「もうっ、みいちゃんたちがお札もらってきたでしょ!」


「も、もしかして、総本宮の神様が来ちゃったの!?」


「うん。今日も来るから甘くて美味しいものを用意しておけって言われた」


「えー、大変! 美桜! ちょっと来てー!!」


 興奮した美月に呼ばれて、美桜が部屋から飛んできた。


「どうしたの、大きな声出して」

「神様が来たんだって!」


 美月は光に言われたことを美桜に伝えた。

 すると今度は二人できゃあきゃあとはしゃぎ始めた。


「なんであんなに興奮してるの? ぼくだって神様なのに」


 納得出来ないといった光に白狐が言う。


「そりゃあ大物だからね。ありがたみが違うでしょ」

「えー、ひどいなあ」


 美月と美桜は、評判の良いケーキやお菓子を買いに走った。


「失礼のないようにしなきゃ」

「光くん、頑張って仲良くするんだよ。きっといいことあるから!」

「テーブルの上で大丈夫?」


 バタバタと準備をし、夜になる前に庭のテーブルの上は“甘くて美味しい物”でいっぱいになった。


 


 今宵は満月。

 明るい月の光が照らす庭に、女神は再び現れた。

 光はテーブルの前に置いてあるイスに座り、おとなしく待っている。


「ちゃんと用意しておったな。感心感心」


「今評判の“甘くて美味しい物”です。みいちゃんと美桜が買ってきてくれたの」


「そうか、そうか」

 

 女神はさっそくテーブルの上を物色する。


「これはなんだ?」


「苺の乗ったショートケーキ。これが基本なんだって」


「なるほど。まずは基本からということだな。どれどれ」


 女神は手づかみでぱくりとケーキに被りつく。

「……美味しい」

 なんだこれはと言いながら一切れペロリと食べた。


「これで基本とは、他の物はどれだけ美味しいのか――この茶色いのはなんだ?」


「チョコレートケーキ。チョコレートが嫌いな女の人はいないよ」


「なんだと? ではさっそく――はっ、口の中で溶けてしまったぞ!」


「こっちも食べてみて。モンブランっていう栗のケーキ。ぼくはこれが一番好きなんだ」


「ほう、どれどれ……おお、これが栗じゃと? わからんものだな」

 

 他にも、フルーツタルト、アップルパイ、プリンやクッキーなどをあっという間に平らげた。


(いっぱい食べるなあ)

 

 光が感心していると、女神が言った。


「どれも美味しかったぞ。なかなか気が利く人間たちだ。礼に一つだけ願いをきいてやろう」


「願い?」


「願いがあったから、わらわに会いに来たのではないのか?」


「あ、はい。えーっと、家族みんなが、ぼくのこと見えるようにしてください。今見えるのは、美月と奏多だけなんです」


「ふむ。そなたはまだ幼いゆえ力が足りぬようだな。しかし、修行を積めばいずれ叶えられよう。時が来たら、わらわも力を貸してやるから精進せよ」


「はい! ありがとうございます!」


「そのときはまたアレを用意しておくのだぞ」


「甘くて美味しい物ですね!」


 女神は大いに満足して帰って行った。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――


いつも読んでいただきありがとうございます。

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 宇迦之御魂大神さまに関しては諸説あると思いますが、フィクションなのでご了承ください。




 





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