過去と未来

 その日の夜、リビングで家族会議が行われた。

 わたしは白狐と話せるようになったことや、色々な事情を聞いたことを両親に明かした。


「お母さんがこの家を継いだ理由とか、お父さんもお母さんも神様と話せることとか聞いて、びっくりしちゃったよ」


「ごめんね、黙ってて」


「ううん。わたしだけ仲間はずれになっちゃうから言わなかったんだよね。でも、白狐が見えるようになったんだから、もう全部話してくれてもいいでしょ?」

 

 わたしだって知りたい。長いあいだ、わたしたち家族を守ってくれた神様のことを。


「いいんじゃない? どうせいつか話さなきゃいけないんだから」

「奏多……わかった。ちょっと待ってて」


 お母さんは押入れにしまっていた古いノートを持ってきた。

 

 わたしを真ん中にして三人でソファに座り、テーブルの上に広げたノートを覗き込む。

 そこには、神様が人間だったときのことが書かれていた。

 

 明治時代、この家に銀色の髪と緑色の目をした赤ん坊が生まれた。龍之介と名付けられた赤ん坊は、まるで幽閉されたように育てられ、六歳で亡くなる。

 その後、龍之介の家族に次々と不幸が降りかかり、祟りを恐れた親族たちは、家を建て直して庭に祠を置き、屋敷神を祀った。

 あるとき、遊びに来ていた分家の少女が「きれいな銀色の髪をした男の子」と一緒に遊んだ。すると、枯れ果てていた庭が生き返り、何年も咲かなかった桜が咲いたという。

 これが「選ばれた人が継がないと恐ろしいことが起こる」という言い伝えのもとだろう。


 大昔の話だけど、龍之介くんがかわいそうで涙が出る。うちの先祖、とんだクソ野郎だな。

 でも、お母さんと知り合ってからの神様の話を聞いてほっとした。お母さんに可愛がられて、お父さんと友だちみたいになって、なんだか楽しそう。


「わたしも神様のこと光くんって呼んでいいかな?」

「うん、きっと喜ぶよ」

「今、ここにはいないの?」

「自分の話は聞きたくないみたいね」 


 わたしは思いついたことを話した。


「その言い伝えって、もともと呪いありきの話でしょ? だけど、今の光くんが誰かを呪うとは思えないから、そんなこともう気にしなくていいんじゃない?」


「わたしもそう思うけど、呪いうんぬんより、自分のこと見える人と暮らしたほうが、光は幸せじゃないかな」


「でも、もしお母さんが先に死んじゃったら、わたしとお父さんはこの家を出ていかなきゃならないってことでしょ?」


「「えっ!?」」

 お父さんとお母さんが声を合わせて、驚いた顔をする。


「……まさか、考えてなかったの?」

「そっか、そうだよな……」

 お父さんががっくりと肩を落とす。


「だ、大丈夫よ。わたし、長生きするように頑張るから!」


 のんびりした夫婦だなあ。


「わたし、この家を出ていくなんて絶対嫌だからね……そういえば、わたしには光くんが見えないから、今まで白狐のことも隠してたみたい。白狐が見えたってことは、どうにかすれば光くんのことも見えるようになるんじゃない?」


「うーん、それはどうかなあ」「そんな簡単にはいかないだろ」と、どうも二人とも頼りない。


「お母さん、光くんここに呼んでよ」


「あ、そうね。光、ちょっと来て」

 

 母が名前を呼ぶと、白狐がすうっと姿を現した。


「ここに座って。美桜が話を聞いて欲しいんだって」


「光くん、お母さんの隣にいるの?」


「うん。美桜に手を振ってるよ」


「そ、そう?」

 

 わたしはヒラヒラと何も見えない空間に手を振り、白狐に言った。


「白狐が光くんの代弁してよ。喋り方、似てるんでしょ?」


「いいよぉ」 


「たとえばの話、いつかはお母さんも死んじゃうわけだけど、そのあとは光くんのことが見える人と一緒にいたい? それとも、たとえ見えなくても、わたしたちと一緒にいたい? お父さんだって、お母さんという伴侶を失えばどうなるかわかんないよね」


 わたしの言葉にお父さんが地味にうろたえている。

 白狐が光くんの言葉を伝えた。


「ぼくは美桜と奏多のそばにいたい」


「良かった……一応確認するけど、光くんのこと見えない人がこの家に住んだら呪われたりする?」


「まさか。誰が呪うの?」

 

 首を傾げる白狐。たぶん光くんの真似だろう。思わず笑いそうになる。

 

「お母さん。光くんが姿を消したとき、自分の昔の名前を聞いて戻ってきたって言ったでしょ? おまけに神様としての格が上がって、身体も大きくなったって」


「ええ、そうよ」


「本当にが原因なのかな?」


「どういう意味?」


「名前も大事だとは思うよ。言霊ことだまっていうくらいだし。でも、もしかすると、火事のときにお母さんたちとこの家を守ったから、神様の格が上がったのかもしれない」


「俺たちを守ったから……つまり、良いことをしたからか?」


「うん。日本って八百万やおよろずの神っていうくらい、たくさんの神様がいるけど、みんな人の願いごとを叶えてくれるでしょ? それって不思議じゃない? わたしは、人の願いを叶えたら、神様にもなにか見返りがあるんじゃないかと思うんだけど、違う? 光くん」


「よくわかんない。“見返り”として格が上がったってこと?」


「そう! これから、もっとたくさんの人の願いを叶えられたら、そのうち光くんの意思で、姿を見せたり隠したりできるようになるんじゃない?」


「どうかなあ……」

「とにかくやってみようよ。わたし、光くんの姿がみたい!」

「何をやるつもりだ?」

 

 お父さんに聞かれてわたしは答えた。


「信者を増やすのよ」




 

 

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