最終話 ともに生きる

 成長して帰ってきた光に驚いたわたしと奏多だが、他にも驚くことがあった。


「白狐が異様にでかくなってる……」

「小さくて可愛かったのに、すっかり化けぎつねみたいになって」

 

 光の横に並び立つ姿は、堂々としていて風格さえ感じさせる。


「みいちゃん、触ってみて」

「えっ、触れるの?」

「俺も触りたい」


 白狐に手を伸ばすと、もふもふとした毛の感触が手のひらに感じられた。


「触れた!」

「気持ちいいな」


 わたしたちが首にしがみついたり、背中を撫でたりしても全然嫌がらない。むしろ、お腹を出して触ってくれとアピールしている。

「もう少し威厳を持たなくていいのか」と言いながら、奏多が嬉しそうに白狐のお腹をさすっている。


「白狐も強くなった?」


「うん。かなり遠くまで飛べるようになったよ……みいちゃん」


「なに?」


「もうあんなことが起きないように、この土地に結界を張ってもいい?」


「そうすると、どうなるの?」


「悪意を持った人は入れなくなるし、危ないものは、はじくことができる」


「いいじゃん、それ。やってもらえよ。俺も安心できるし」


「そんな簡単に……でも、この前みたいに何か投げ込まれても怖いし……やってもらおうかな」


「じゃあ、さっそく始めるね」


 光が両手を高く掲げると、金色のひかりがオーロラのように揺れながらこの土地全体を覆っていく。

 そんな光を見ていると、立派になったなあと母親のような心境になった。


   ◇


 わたしは営業再開に向けて準備を始めた。

 庭の花をイラストに描き、夏の花の分布図を作る。楽しみに待っているお客様のためにも頑張ろう。

 

 光は、局地的な雨を降らせることが出来るようになった。

 さすがに能力の無駄遣いだと思うが、たまに庭の水やりにも協力してくれている。

 何もしなくても枯れることはなさそうだが、さすがにこの暑さだと気になる。

 白狐もシャワーみたいに浴びてるけど暑いのかな? 

 よくこの辺の見回りをしてくれてるみたいだし、何かご褒美をあげたいな。


「ねえ光、白狐におやつとかあげちゃ駄目?」

「いいよ。白狐、食べてみる?」


 冷蔵庫からシュークリームを取ってきて、白狐にポンと投げるとパクッと一口で食べた。


「オイシイ」

「えっ!? 今、喋った? 凄いね、白狐」

 

 気のせいか表情も豊かになり、笑っているように見える。奏多が聞いたら驚くだろうな。

 最近は仕事が忙しいようで、なかなか会えない。ずいぶんつき合わせちゃったから、仕事がたまってるのかな。

 いつのまにか、そばにいるのが当たり前になっていることに気づいた。


 うちのお客様は飲食店、薬草店、結婚式場などの経営者達だ。

 わたしは「秘密の花園再開します」というカードを作り、皆を招待した。

 庭にテーブルを置き、簡単な食べ物や飲み物を用意する。当日の参加者は二十名ほど。ほぼ全員が来てくれた。


「大変ご心配とご迷惑をおかけしましたが、やっとまた皆様に花をお売りすることができるようになりました。夏もだいぶ過ぎてしまいましたが、お詫びとお礼を兼ねて、本日は両手に抱えられるだけ持って帰ってください」

 

 皆のあいだから歓声が上がる。


「こんなに早く再開できると思わなかったよ。おめでとう」

「高橋さん。ありがとうございます」

「夏のお花も素晴らしいわね」

「ありがとう、恵子さん……あの、奏多は」

「ごめんなさいね。仕事が終ったら来るはずだから、もう少し待ってて」

「……わかりました」


 皆が口々に庭を褒め称えてくれる。誰かが持ってきた希少なワインを開けた。上機嫌で花を摘むお客様達を見ると、再開できて良かったと思う。

 

 なのに、奏多がここにいないことがこんなにも寂しい。


「みいちゃん」

 いつの間にか、光が横に立っていた。もちろん他の人には見えていない。

「大丈夫だよ。いま、白狐が迎えに行ったから」

 ──迎えに?


   ◇


 その頃、奏多は少し離れた町で仕事を終え、急いで帰ろうとしていた。だが、最寄り駅に着くと人身事故で電車が止まっている。


「あー、ついてないなあ。どうするかな。バスを乗り継いだ方が早いか」

 スマホを出して調べていると、誰かに名前を呼ばれた。

 きょろきょろと周りを見るが知り合いはいない。気のせいかと歩き出したところ、目の前にいきなり白狐が姿を現した。


「なっ!!」

 思わず声が出た。


「カナタ。ムカエキタ」

「えっ! おまえ、話せるの!?」

「スゴイ?」

「はは、その言い方、主人そっくりだな」

「セナカ、ノル」

「背中に乗れって? いや、ここじゃあ人目があるから」

「ミエテナイ、ダイジョブ」


 白狐が大きな体を伏せた。確かに誰もこちらを見ていない。

「ハヤク」

「わかったから、せかすなよ」

 恐る恐る背中によじ登る。

「ツカマル」

 はいはい。白狐の首にしがみついたと同時に、空高く飛んだ。

「うわあぁあ! 白狐、もうちょっとゆっくり飛んでくれ!」

「……キコエナイ」

「嘘つけーっ! うわー!!」


 あっという間に草薙邸の上空に着いた。

「オリル」

「え、ちょっとまっ、てえぇえ」


 一気に降りていく白狐の首にさらにしがみつく。

 美月の姿が見えると、白狐はスピードを落とし、ふわりと着地した。


「奏多!」

 美月が駆け寄って来る。


「あれ? 他の人は?」


「もう誰もいないよ。どうだった? 白狐の乗り心地は」


「もう二度と乗りたくない。それにあいつ、話せるようになったせいか妙に生意気だし」


「許してあげてよ。私のために奏多を連れてきてくれたんだし」


「え?」


「……私が寂しがってるって、光にばれたみたいで」


「寂しかったの? 俺がいないから?」


「そうだよ」

 照れくさくて顔をそむけてしまう。


「なんだよ。こっち向けよ」

 

「やだ」

 顔が赤くなってるのがばれちゃう。


「……かわいいな」

 奏多がくすっと笑った。

「な、何を言って」

 抵抗する間もなく抱きしめられた。

「ちょっと」

「俺も」

「え?」

「俺も美月がいないと寂しい」

 耳元で囁かれて力が抜ける。

「うん……」

「そういうことだから、この家に一緒に住んでいい?」

「は?」

「ずっと一緒なら寂しくないだろ」

「いや、なに言ってんの。いきなりそれはないでしょ」

「なんでだよ。いてっ」

 

 光が後ろから奏多の頭を叩いた。


「奏多はバカなの? その前に、お付き合いの申込みとかデートとか色々あるでしょ。手抜きしないで、みいちゃんのこともっと大事にして」


 光ったら。またしても成長を感じてしまう。それにしてもこのセリフ。最近一緒に観てるテレビドラマのせいかな。

 

「はあ。わかったよ。嬉しくてつい先走った。ごめんな、美月。今日は帰るけど、明日ちゃんと告白する」

 

 そういって本当に帰ってしまった。

 明日、どんなセリフを聞かせてくれるのか楽しみだ。


「光、ありがとう」

「ぼくは、みいちゃんの味方だから。もし奏多がみいちゃんを裏切ったりしたら、いつでも殺してあげるからね」

 綺麗な顔で微笑みながら物騒なセリフを吐いた。これもドラマの影響?


「殺しちゃ駄目よ。それに、たとえ何があっても、光がそばにいてくれれば乗り越えられる気がする」


 そう言うと、光はとても嬉しそうに笑った。




 あなたからしてみれば短い時間かもしれないけど、これから先、幾度となく春夏秋冬を繰り返して、いつかわたしの寿命が尽きるまで、ずっとそばにいてね。

 

 夕焼けが空を赤く染める。

 日が暮れるのが早くなってきた。


 秋になったらどんな花が咲くのかな。

 

 

 







 


 












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