第13話 新しい祠

 うちにあった祠の中には何も入っていなかったが、もともとは仏像、神像、あるいはご神体としての石・御幣などが収められているそうだ。


「でもあそこ、光の家なんだよな」

「そうなんだよね。今さら中に何か入れても邪魔なだけじゃない?」

 

 新しい祠を設置するときどうするか奏多と二人で考えていた。


「祈祷とかは? なんか、たましい入れとかあるらしいぞ」


「じゃあ、それだけはやってもらう? おまかせで」


「おい、適当だな」


「いや、だって神様ほんにんを知ってるから、必要あるのかなって。それより光が好きな物をいっぱい並べた方がいいような気がするんだけど」


「そうだな。あいつ食いしん坊だからな。神様のくせに」


「ほんとだよね。アニメが大好きだし。神様のくせに」


 二人で顔を見合わせて笑った。

 わたしたちは知っている。

 この家の神様は、食いしん坊でアニメが好きで甘えん坊な、めちゃくちゃ可愛い子だ。


「わたしたちのやり方で光を呼ぼうよ」

「そうだな。飛んで帰りたくなるようにしてやろう」


 そうして新しい祠が設置される日が来た。

 綺麗な赤い屋根、ひのきの良い匂い。前のより大きくて住みやすそう。

 わたしはうっとりと祠を見つめた。


「いいですねえ。きっと喜びます」

「え?」

「ほら、こんなに凄いのを作ってもらって、神様もさぞかし喜ぶだろうなってことです」

 なぜか奏多がフォローしている。

「ははは、そう言ってもらえると嬉しいですね」

 

 誰もいなくなるやいなや、わたしたちは祠の前に台を持ってきて、食べ物をどかどかと並べた。

 ケーキ、団子、ツナマヨおにぎり、メロンなど、光の好きな物ばかりだ。


 そして祠の中に入れるのは、光の大好きなアニメの主人公のぬいぐるみだ。

 

 これはさすがに、祠を作ってくれた工房の人や神職の方には見せられない。罰当たりだと言われても困るし。

 だが、誰がなんと言おうと神様ほんにんの大好きな物を奉納し、戻って来てもらうんだ。

 わたしは手を合わせ、口に出して言った。


「光、聞こえてる? 光の新しい家が出来たよ。前よりも広くて綺麗だから、きっと住みやすいよ。覚えてないと思うけど、光は昔、人間だったんだって。辛いことばっかりだったから思い出さなくていいんだけど、光は先祖が神格化した屋敷神だから、名前を思い出したら戻ってこられるかもしれない。だから、呼ぶね」

 

 奏多の顔を見ると、力強くうなずいてくれる。


「あなたの名前は草薙龍之介! 私のご先祖様なの。この地を守り続けてくれた優しい神様、どうか姿を現してください。お願いします!」


「龍之介! 帰ってこい!」

 奏多も横で祈っている。


 そのままの姿勢で待っていたが、光の声は聞こえない。

 駄目だった。

 そう思ったとき──目の前にある焼け焦げた桜の木が、ゆっくりと再生し始めた。

 

 無くなった枝が次々と生え、ぐんぐんと伸びながら、あっという間に濃い緑色の葉で覆われた。

 振り向くと、何もなかった庭に青々とした葉が茂り、膨らんだ蕾が次々と開いていく。

 ひまわり、ラベンダー、百合、桔梗──私の思い描いていた夏の花たち。


「約束、守れたね」


 目の前に神様が降臨した。


「……光?」


「おまえ、なんで大きくなってんの!?」


「わあい。奏多とおんなじくらいだ!」


「嘘だろ……」


 奏多がショックを受けているが、わたしの衝撃の方が大きい。会えたのは嬉しいが、あのちっちゃくて可愛い光はどこへ……。


「みいちゃんのおかげで格が上がったみたい。凄い力が湧いてくるんだ。みいちゃん、ぼくを呼び戻してくれてありがとう」


 その笑顔が眩しすぎて、思わず後ずさる。

 もともと綺麗な顔立ちだったが、幼さが抜けてめちゃくちゃ美形になっていた。

 

 すらりとした身体に絹のような着物をまとい、輝くような銀色の髪は背中まで伸びている。真っ白な肌と、けぶるような緑色の瞳は色気すら感じさせる。


「会いたかったよぉ」

 でかい図体で甘えてくるところをみると、どうやら中身は成長していないようだが。


「おい、くっつきすぎだ。もうちょっと離れろ」 

「やだよ。久しぶりなんだから」

「だったら俺が抱っこしてやるから。ほら来い」


 奏多が両手を広げる。


「ええー、しょうがないなあ」

 光が嬉しそうに奏多に抱きつく。


「うっ、力も強くなったな。美月がつぶれるから、これからは手加減しないと駄目だぞ」

「うーん。わかった!」


 じゃれあう二人の姿を見て、今さらながら実感が沸いてきた。

 

 光が帰って来たんだ。

 












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