第12話 神様になったわけ

 奏多が連絡をすると工房の人がすぐに来てくれた。


「いやあ、大変でしたね。放火なんて、ひどいことするなあ。ところで、ここにあった祠って赤い屋根でしたか?」


「ええ、そうです」


「でしたら、おそらくわたしの祖父が修理したものだと思います。今は古い記録もデータ化してるので草薙さんの記録も残ってました。代々、うちで修理を請け負っていたようですね」


「そうなんですか。偶然ですね」


「まあ、同業者は限られてますからね。以前と同じものでいいですか?」


「そうですね……いえ、もう少し大きくしてもらってもいいですか?」


「ええ。大丈夫ですよ。じゃあ、それに合わせて台座も変えていいですか?」


「よろしくお願いします。ちょっと窮屈そうに見えるので」


「はあ」


 新しい祠を見たら、光はなんて言うかなあ。


『すごいね、みいちゃん』


 そう言って喜ぶ顔が目に浮かぶ。早く帰って来ないと、夏が終わっちゃうよ。

 見上げると、青い空にくっきりとした入道雲が浮かんでいた。


 

 わたしは“赤い表紙のノート”を見てみることにした。光が消えた手掛かりが何かあるかもしれない。

「いざというときしか見ちゃ駄目だって書いてあったけど、絶対今がそのときだよね」


「まあ、そうだな。でも俺なんかが見てもいいのかな」


「奏多はいいんだよ。特別なんだから」

 

 思わず出た言葉に、奏多が怪訝な表情を浮かべる。


「それってどういう意味?」


「ど、どういうって、べつに。ほら、光のこと見えるの奏多だけだし!」

 

 言い訳のように呟き、ノートをめくった。


   ◇


 これは代々、この家を相続した人達に受け継がれてきた話です。

 明治時代、草薙の家に待望の長男が誕生しました。

 しかし、銀色の髪と緑色の目をした赤ん坊は、呪いじゃないかと嫌悪され、表向きは死産したことにして屋敷の中で隠すように育てられました。

 

 赤ん坊は、生まれる前に考えられていた龍之介りゅうのすけという名前で呼ばれました。

 母親が育児を放棄したので、龍之介は乳母の手によって育てられました。乳母も薄気味悪い子だと思いましたが、乳をあげているうちにいくらかの情は沸いてきたようです。家の中で乳母だけが龍之介の話し相手でした。

 

 五歳の頃、乳母が暇を出され、龍之介はひとりぼっちになりました。

 部屋の外に出ることは禁じられていたので、夜になるとこっそりと勝手口から抜け出し、庭で一人で遊んでいたといいます。


 いつも一人で食事をし、具合が悪くても心配してくれる人はいません。

 誰にも気づかれないまま風邪が悪化し、龍之介は肺炎で亡くなりました。

 享年六歳。草薙家の籍にも入っていない龍之介の遺骨は、無縁墓地に葬られました。

 

 その日を境に、草薙家に次々と不幸が降りかかります。

 まず、父親が変死を遂げ、次いで母親が自殺、龍之介の兄弟や使用人達が原因不明の病気に罹り、祟りじゃないかと恐れられました。

 親族らは家を建て直して庭に祠を置き、屋敷神をおまつりしました。


 ある日、遊びに来ていた分家の少女が、「きれいな銀色の髪をした男の子」と遊んだあと、枯れ果てていた庭に新しい草木が生え、何年も咲かなかった桜の木に満開の花が咲きました。

 それ以来、この家は神様が見える人だけが住めるようになったのです。


   ◇


 読んでる途中から、怒りや悲しみで胸が潰れそうだった。

 幼い頃からずっとひとりぼっちで、隠れるように生きていたんだ。

 あんなに綺麗なのに、呪われてるなんて言われて。

 光の気持ちを想像するだけで涙が止まらない。


「大丈夫か?」

「ううっ、駄目。光がかわいそうで……」

「ああ、もう、鼻水垂れてるぞ」

 奏多はティッシュで強引にわたしの鼻を拭った。


「こんなに愛されてんだから、もうかわいそうじゃないだろ。羨ましいくらいだ」

「え?」

「あ、いや、特に深い意味はないからな。勘違いするなよ!」

「なに言ってんの?」

 

 焦る奏多を見て、わたしは泣き笑いした。

 




 





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